第23話 流刑地エルコと、ジルダたちとの別れ

 都ヴァレンツァにすぐ帰らなければならないが、都は遠い。


 プルチアから護送馬車に乗って、十日以上。早馬をとばしても五日はかかるという。


「テオフィロ殿。馬を借りたいのだが、馬は用意できるか?」


 シルヴィオが乗ってきた馬は長い疾走のはてに乗りつぶれてしまった。


「ああ。あることにはあるが、駄馬しかいないぞ」

「馬であればかまわない。すまないが、貸してくれ」

「もちろんだ。ここで貸さなかったら、俺は陛下への逆心をうたがわれちまう」


 陛下のめいは重い。ささいなことでも、逆らえば俺たちの首がとぶ。


「金を見つけて、さぁこれからだ! っつうときだったのによ。めんどうなことになっちまったなぁ」

「しかたないさ。ここで見つけた金は有効に使ってくれ。テオフィロ殿の活躍を期待しているぞ!」

「お、おぅ……」


 テオフィロ殿がふいに、膝をおった。


「テオフィロ、さん?」


 泣いて、いるのか……。


「テオフィロ殿。世話になった」


 ここに戻ることはもうない。


 心をかよわせた流人や兵とも、おわかれなのだ。


「ジルダにも、礼を言わねばな」


 ジルダはどこに行った。


 流人や兵たちがあつまる隅で、背中をむけていた。


「ジルちゃん……」

「はやく、いっちまえよっ!」


 ジルダは怒っているのか。


「ぼくたちみたいな犯罪者より、国王陛下の方がだいじなんだろっ。けっきょく、そういうやつなんだよ、あんたはっ!」


 ジルダにおこられても、しかたない。


 アダルジーザがそっと近づいて、ジルダの小さい背中にだきついた。


「また、会いにくるからねぇ」

「またって! そんなこと、でぎる……わ……」


 ジルダにも、世話になった。


 胸の前で両手をあわせて、深々と頭をさげた。


「グラートさん。そろそろ、行きましょう」


 シルヴィオが兵とともに二頭の馬を引きつれてきた。


「シルヴィオは戦えないだろう。体力がもどるまで、ここで休んでいるんだ」

「何を言ってるんですっ。絶対におともしますよ! グラートさんと、またいっしょに戦いたいんだっ」


 シルヴィオはこういう男だったな。


「わかった。ならば、地獄のはてまでついてこい!」

「もちろんですともっ!」

「むかしのわたしたちに、もどったぁ!」


 シルヴィオと、アダルジーザと、俺。最高のパーティで敵を撃破するぞ!


「お前には数えらんねぇほど世話になったっつうのに、ろくに送り迎えもできなくて、すまねぇな」


 テオフィロ殿が赤い目をこすりながら言った。


「そんなもの、俺が気にすると思うか?」

「いんや。言ってみただけだ!」

「長く生きていれば、どこかで会うこともあるだろう。礼なら、そのときにしてくれっ」

「けっ! ここで大金持ちになってやるぜ!」


 テオフィロ殿とこぶしを突き合わせて、馬に乗り込む。


 たくさんの流人と兵たちも、忘れないぞ!


「陛下に拝謁したら、無実の罪の者や軽い罪の者が解放されるように直訴する。だから、皆はここで、しばしまつのだ!」

「バカ野郎がっ。こいつらのことなんか、気にするなっ」


 兵や流人たちが、いっせいに手をふりあげてくれた。


「行けっ。ドラゴンスレイヤー。また国をすくってこい!」


 手綱たづなをにぎりしめて、夜空の下をかけた。



  * * *



 俺の背中から、アダルジーザの嗚咽おえつが聞こえてくる。


「つらいか」

「つらいよぅ! だって、ジルちゃんが……っ」


 アダルジーザとジルダは仲がよかった。


 同性で歳が近いから、話しやすかったのだろう。


「ジルダも、何か理由があってプルチアに流されたと言っていた。恩赦が出ればすぐに解放されるだろう」

「ほんとぉ?」

「本当だ! 陛下に奏上するためにも、都をすくわねばならん」

「うんっ、ジルちゃんの、ためにも!」


 これから魔族の軍とたたかうのだ。泣いてばかりいられない。


「プルチアは凶悪な魔物が巣食う場所だと聞いてたんですが、みなさんと仲良くくらしてたんですね」


 シルヴィオが並走しながら言う。


「そうだ。凶悪な魔物はたくさんいたが、いい人たちもたくさんいたぞ」

「あたたかい、人たちだったんですね」

「そうだ。たくさんのささえがなかったら、俺はどこかでのたれ死んでいただろう」


 いい人たちに恵まれているんだ、俺は。


「のたれ死ぬだなんて、ドラゴンスレイヤーらしからないことは言わないでほしいですね。あなたのそばで、また最強の戦い方を学ばせてもらいますよ!」

「酔狂な男だ。俺から学ぶことなど、何もないだろう!」


 プルチアからのびる街道をひた走る。


 一軒の建物もない、草原や荒野がえんえんとひろがっている。


「早馬で駆ければ、五日……いや四日でヴァレンツァに着きます」

「気休めはいい。五日以上はゆうにかかるだろう」

「はい……そうです」


 アルビオネの大軍を前に、ヴァレンツァの騎士団は都をまもれるか。


「アルビオネの軍はシルヴィオが都を去るとき、どこまで侵攻していた?」

「はい。たしか、サルンの関所まで侵攻していたはずです」


 アルビオネと都の間には三つの関所が建造されている。


 サルンの関所はふたつめの関所だ。


 シルヴィオが都を発ったのは今から五日以上も前だ。まずいぞ……。


「どうか、しましたか」

「シルヴィオが都を出てから、もう五日はたっているな?」

「はい。そうです」


 プルチアは都ヴァレンツァの北西部にある。都よりもアルビオネの方が近い。


「グラートっ?」


 このまま都にむかっても、間に合わないかもしれない。


「グラートさん! なんで止まるんですか」

「このまま都にむかっても、手遅れになるかもしれない」

「ええっ、そうなのぉ?」


 馬からおりて、シルヴィオが所持していた地図を受けとる。


 アダルジーザに光の魔法で明かりも用意してもらった。


「ヴァレンツァはここだな」


 大陸の古い地図のまんなかに、ヴァレダ・アレシア王国がえがかれている。


 王国のさらにまんなかに、都ヴァレンツァが位置している。


「ええ。北のアルビオネは南に直進して、都ヴァレンツァにむけて進軍しています」


 アルビオネはヴァレダ・アレシアのほぼ真北にある。


「今から五日前にふたつ目の関所に侵攻していたということは、今はもうヴァレンツァ領に入っているだろう」

「そう、ですね」

「俺たちが都に着くのは早くても五日後。都の最終防衛ラインが魔族に突破されるかどうか、瀬戸際のタイミングだ」


 都を守護する最後の関所に間に合えばよいが、そうでなければ……。


「大丈夫ですよ! グラートさんだったら、かならず間に合うっ」

「そ、そうだよぅ、グラート」


 いや、戦いを楽観視してはいけない。


「仮に間に合ったとしても、俺たちはかなり疲れていることだろう。魔族とまともに戦えるだろうか」

「心配ありませんよ! グラートさんの体力は底なしですっ」


 無暗に特攻するのは危険だ。


「プルチアと都が遠いのは間に高い山があるからだと、テオフィロ殿が言っていた」

「そうなのぉ?」

「ああ。だから、都を往復するときは山をさけて、南に大きく迂回するルートをとらなければいけないそうだ」

「途中で、山はたしかにありました。あの山は馬でのぼれないから近づくなと、前に宿を借りた村でも言われました」


 悪天候にみまわれたりしたら、都に到着するのはもっと遅くなるか……。


「やはり、都に直進するのは好ましくないな……」

「じゃあ、どうするの?」


 地図上のヴァレダ・アレシアとアルビオネを見くらべる。


 ヴァレダ・アレシアとアルビオネを仕切る三つの関所はすべてヴァレダ・アレシアの領内にある。


 エルコとサルンの関所は意外と近い。


 途中で高い山や川がなければ、ざっと見積もって三日といったところか。


「サルンを目ざして、魔族たちの背後をつくのはどうだろう。それなら、確実に作戦を実行できる」

「そう、ですけど……都の最終防衛ラインが、やつらに突破されてしまうんじゃないですか」

「戦局を見きわめるのはむずかしいが、俺たちが魔族たちの背後で撹乱すれば、魔族の侵攻は止まるだろう。砦や関所を堅守するよりも、確実な効果が見込めると思う」

「うんっ。そうかもぉ」


 魔族たちの背後にまわり込む方がよい気がする。


「こんな作戦が、あるんですね。思いつきもしなかった」

「戦局はつねにうごいている。一日後、二日後を見すえて行動する必要があるだろうな」

「は。では目的地をサルンに変更しましょう!」


 シルヴィオは納得してくれたな。


「アダルも、問題ないか?」

「問題ないよぅ」

「よし、ではサルンに進路変更だっ!」


 地図をシルヴィオにかえし、馬にとびのった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る