第14話 視察官のパワハラをふきとばせ!

 都から派遣された視察官であるネグリ殿を、テオフィロ殿のくらす家に案内する。


 流人である俺が、王国の話に立ち入ることはできない。


 すぐに立ち去ろうとしたが、テオフィロ殿に無言で引きとめられた。


 テオフィロ殿の家は村の南西のエリアの端にある。


 村の中央に近い家を選んだのだが、家のグレードは流人の住む家と大差ない。


「何よ、このぼろいおうち。毎日、こんなとこに住んでるの?」

「ええ。エルコは貧しい村ですから」

「うそでしょぉ。しんじらんなーい」


 テオフィロ殿の口もとは終始ひくひくと動いている。官吏の世界も、いろいろと複雑だ。


「あーあ。やだやだ。こんなぼろいうちにしか住めないなんて、僻地に飛ばされると大変ねぇ。そんなことはどうでもいいけど、あたしのおうちは、ちゃぁんと手配してるんでしょうね」

「は、はい! もちろんっ」


 ネグリ殿が目をはなした隙に、テオフィロ殿が配下の兵に耳打ちした。


「今回は何日くらい滞在するおつもりで?」

「そうねぇ。流刑地をちゃんと視察しろと、陛下から厳命されてるから、十日くらいは残らないといけないかしら」


 十日か。けっこう長い。


「あら。何かご不満?」

「いいえ! そんなっ」


 テオフィロ殿はうそが下手だ……。


「ネグリ殿。プルチアは辺境ゆえ、都のようにゆたかではないのです。ネグリ殿を充分にもてなすことができないため、テオフィロ殿は心苦しく思っているのです」

「あら。そうなのぉ?」


 ネグリ殿を奥の椅子に座らせて、テオフィロ殿のとなりの席を引く。


 テオフィロ殿がプルチアに左遷されてしまう理由が、わかったような気がした。


「出迎えすらろくにしてくれないお人が、あたしのことをそこまで心配してくれてるとは思えないけどね。まぁ、そういうことにしておきましょ。

 それで、ドラスレさん。どうしてあなたは平然とその椅子に座ってるのかしら。これから、だいーじなおなはしをテオフィロさんとするんだけど」


 ネグリ殿の視線が、俺にうつった。


「ドラス……グラート殿は流人ですが、昨今の魔物の討伐を先導してくれています。村や都市の開発にもかかわったことがあるということで、わたしの右腕としてはたらいてもらっています」

「あらやだ。何それ。この人がドラゴンを倒した人なのか、知らないけど、この人は犯罪人なのよ。それなのに、犯罪人を優遇して、こんなことがゆるされると思ってるわけ?」

「し、しかし、陛下からも、グラート殿の力をかりてよいと、許可されておりますので……」


 そうなのか? はじめて聞いた。


 ヴァレダ・アレシアの国王陛下はヴァールを倒した後に拝謁したことがある。


 年齢は俺とおなじくらい。色白の、女性のようにうつくしい方だった。


 陛下のお気持ちはいったいどこにむいているのか……。


「釈然としないわね。まぁ、いいわ。後で確認とるから」


 ネグリ殿がえりをただした。


「あなたたち、毎月、物資をおくってくれてるみたいだけど、この地の成績だけがね、ちょーっとばかし、わるいのよねぇ」

「はぁ」

「他の流刑地は毎月のノルマをちゃぁんとまもってるんだけど、あなたたちだけよ。まもれてないの」

「申し訳ありません。近年、魔物の被害が拡大しており、満足のいくように流人たちがはたらけていないものですから。今月から、気をひきしめます」


 流刑地はプルチアの他にもあるのか。


 流刑地のノルマが都によって管理されていることも知らなかった。


「あなたねぇ。さっきから、魔物の被害って、そればっかり言ってるけど、ちゃんとやってくれなきゃ困るのよ」

「わたしたちも管理はしております。ですが、プルチアの現状はよその流刑地よりも、圧倒的に――」

「言い訳なんて聞きたくないわよ! ノルマが達成できないんだったら、流人に鞭を打ってはたらかせなさいっ」


 ネグリ殿は典型的な都の役人だ。


「だいたい、魔物まものって、都から兵をおくってるでしょ。それなのに、どうしてちゃんとできないのよ。おかしいでしょ」


 テオフィロ殿、我慢だ。


「あなたたちがちゃんとしないと、あたしたちが職務怠慢で罰せられるのよ。そこんとこ、わかってるの!?」

「もうしわけ、ありません……」

「まったく。流人なんかと仲良くしてるから、毎月のノルマがまもれなくなるのよ。あたしが陛下に報告したら、あなたたちの首なんか、かんたんに飛んじゃうんだからねっ!」


 テオフィロ殿のこぶしが、テーブルの下でふるえていた。


 視察官は都にある王宮から派遣されて、王国の直轄地やエルコのような地方を視察する。


 本来は王国の目がとどきにくい土地の規律を正すために視察官が存在する。


 だが、能力の低い者やよこしまな考えの者が視察官になると、でたらめな報告をされてしまう可能性があるのだ。


 テオフィロ殿のこぶしを、そっと上からおさえた。


「ネグリ殿のお気持ち、よくわかります。ですが、テオフィロ殿がおっしゃっていることはすべて真実です」

「流人はだまってなさい!」

「いいえ、だまりません。プルチアの魔物は非常に凶悪です。陛下から貴重な兵をたまわっておりますが、対応しきれていないのが現状です」


 ネグリ殿がにらみつけてくる。


「あら。陛下に盾つこうっていうの? いい度胸じゃない」

「陛下に盾つく気はありません。俺はプルチアの現状を正直に話しているだけです」

「ふふ。あなた、ドラゴンスレイヤーなどと国民からおだてられてたから、陛下に反逆しようとしてたんでしょ? それなのに、いいの? 正直に話しちゃって」

「ドラスレはっ、そんな男じゃない!」


 テオフィロ殿が、だんとテーブルをたたいた。


「ドラスレはプルチアに来て何度も身体を張ってくれた。俺たちなんかたすけても、なんの得にもならないっていうのに。この男に妙な冤罪えんざいをなすりつけたら、ゆるさないぞ!」


 テオフィロ殿……やめるんだ!


「な、何よ。あつくなっちゃって」

「テオフィロ殿。おちついてっ」


 テオフィロ殿の怒りが、ネグリ殿の勢いをくじいた。


「話をもどしましょう。ネグリ殿の要求はプルチアの生産力の向上と考えてよろしいですね?」

「ええ、そうよ。短気なこの人とちがって、あなたは要領がいいわね。ふふっ」

「おほめの言葉、ありがとうございます。冒険者ギルドで王国の仕事をこなしていましたから、要領はえています」

「おほほほ。ドラスレ様はなかなか優秀なのね。見直したわ。それで、どうやってここの生産力を向上させるのかしら? あなたが流人の尻をたたくの?」


 労働者を酷使したところで、彼らの反感しか買わないだろう。


「プルチアの生産力が上がらないのは流人たちのせいではありません。プルチアの魔物が邪魔していたのが、理由のひとつ。ふたつめの理由は採石場が魔物たちによってたびたび破壊されるためです」

「そうなのね。じゃあ、あなたが魔物をけちらしてくれるのかしら?」

「いえ。ここをたびたび襲ってきたインプどもはこの前に壊滅させました。ですので、ひとつめの理由はすでに解決しています。採石場の復旧活動は行っていますが、まだ時間がかかります。ようするに、新しい採石場をさがせばいいのです」

「なるほどね。よぉく、わかったわ」


 ネグリ殿が立ち上がった。


「あなた、なかなか使えそうね。あなたの反逆の容疑はひとまず取り消しておくわ」

「ありがとうございます」

「あなたが言うように、ここの生産力を向上させればいいのよ。そうすれば、陛下も安堵して、あなたたちにこの地をまかせられるんだから。新しい採石場とやらをかならず見つけなさい。わかったわねっ!」



  * * *



「やっとインプたちがいなくなったのに、めんどうなことになっちまったなぁ」


 自宅にもどったら、アダルジーザとジルダがくつろいでいた。


 ネグリ殿の面会の結果を伝えると、ジルダがかったるそうにつぶやいた。


「しかたない。ネグリ殿も上から命令されているんだ。彼の顔を立てなければならない」

「あんなきもちわるいやつ、ほうっておけばいいじゃん」

「そんなことをしたら、ジルダがあらぬ罪を着せられるぞ」


 ジルダが「ぐぇ」とうめいた。


「でもぅ、新しい採石場なんて、見つかるのぉ?」

「さあな。わからん」


 アダルジーザも「ええっ」とおどろいた。


「どうするの? 見つからなかったら、グラートが、つかまっちゃうのぅ?」

「どうだろうな。訳を説明すれば、見のがしてもらえるかもしれないが」

「いやいや。ここ流刑地だから。流刑地で捕まるって、どういう状況だよ!」


 ネグリ殿は厄介だ。


 さからえば、適当な罪を捏造ねつぞうされて、都に報告されてしまう。


 彼を刺激せず、ジルダや流人たちにも過剰な負担をかけないようにするためには、新しい採石場をなんとしてもさがしださなければならない。

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