第12話 ドラゴンスレイヤーの逆襲、インプたちの最期

 夜の森は真っ暗闇だ。


 木陰が天井のように空をおおってしまっているから、月明かりがとどかない。


 魔物のすむ暗闇に単身で飛び込むのは本来ならば自殺行為だ。


「アダル、どっちだ」

「こ、こっち」


 アダルジーザのさす方角にむかって、ひた走る。地面がぬかるんで、走りにくい。


「はぁ、はぁ……」

「アダル、平気かっ」

「う、うんっ。へいき」


 アダルジーザは見かけによらず体力がある。だが、連日の戦いで疲れているか。


「アダル。つらいが、今日で戦いはおわる。もう少しの辛抱だ」

「そう、だねっ」


 アダルジーザが明かりの魔法をかけてくれているから、視界のわずか先まで見わたすことはできる。


 しかし、明かりに魔物が引き寄せられやすくなるから、危険度は逆に高まってしまう。


「まだ、着かないか」


 どれくらい走ってきたのか。変化にとぼしい森の景色ばかり見ていると、時間と距離の感覚が、うしなわれ――。


「きゃっ!」


 草木が不自然にこすれる音!?


 瞬時に地面をけって、後退する。


 アダルジーザの前に立って、ヴァールアクスをかまえた。


 あらわれたのはクマのような猛獣か。


 まるまると太った身体に、黒い毛並み。頭にシカのような角が生えている。


 腕をふりあげて威嚇してくるが、


「じゃまだっ!」


 ヴァールアクスを一閃。魔物の腹が真横に切断された。


「アダル、どっちに行けばいい?」

「うーんと、こっち!」


 マジックシールの効果はまだ消えていないか。


「魔法の位置が、近くなってる……敵さんのすみかが、近いのかも……っ」

「なにっ。それは本当か?」

「うん……さっきまではぁ、追ってくのが、やっとだったんだけど……今はそうじゃないから」


 インプたちの本拠地を見つけることができそうだな。


「でもぅ、魔法の効果が……もうすぐ、切れちゃうかも」

「わかった。では、ここからは息をととのえながら進もう。俺の手につかまれ」

「う、うんっ」


 魔法の明かりに引き寄せられた魔物たちを倒しながら、歩をさらにすすめる。


 森がひらけて、だだっ広い場所に出た。


 木ではない、柱のようなものが生えている。


「なんだ、ここは」

「なんだろうねぇ」


 インプたちがつくった要塞か?


 長い年月をかけて風化した石壁に、石だたみ。長い亀裂がところどころに走って、今にもくずれ落ちそうだ。


 すぐ近くに建っているのは家か? 四角い規則的なかたちが、技術力の高さをうかがわせる。


「インプたちが、こんな高度な基地を建造したのか? まさか……」

「古い遺跡みたいだけどねぇ」


 遺跡、か。


「言われてみれば、そうだな」

「ずいぶんむかしに、建てられたみたいだからぁ、そうなんじゃないかなぁって」


 かつて、プルチアを支配した人間がいたのか……。


「ボルゾフの反応はどうだ?」

「うん。この先に、たぶんいる」


 ミッションコンプリートはもうすぐか。


 インプどもに見つからないように、壁に身を潜みながら前進する。


 壁は俺の背より高い。エルコの木製の建造物とはくらべものにならない。


 石だたみも、しっかりしている。ヒビは入っているが、日常生活に支障はなさそうだ。


「この遺跡が街道から近ければ、新しい村にできそうだが……」

「えっ、ここに、引っ越したいの?」

「いや。可能性を考えていただけだ]


 インプの本拠地だった場所に住みたい者はいないだろう。


 遺跡の奥は明るい。松明たいまつがかけられているようだ。


「おい、まだ起きてんのかぁ? もうねようぜ」


 インプどもの声!


 ヴァールアクスに手をのばして、腰をひくくかまえる。


 インプどもの声は壁の向こうから聞こえてくる。


 がやがやとさわぐ声だから、宴会でもひらいているのか?


 後ろで身をひそめるアダルジーザに合図を送る。


「ちょっと、しょんべ……」

「のみすぎだろっ」


 インプの一匹が、俺たちの前にあらわれた!


「ああん? だれだ、お前……」

「くたばれっ」


 ヴァールアクスを一閃。インプの細い身体を押しつぶした。


「な、なんだ!?」

「敵襲かっ!」


 インプどもが騒然とする。もう隠れてもむだだ。


「ついに見つけたぞっ、インプども。年貢のおさめどきだ!」


 インプどもは何匹いるのか。


 だか、インプどもは武力をもたない連中だ。ヴァールアクスで一閃するたび、血しぶきが石の壁に飛びちった。


「な、なんで、人間どもがいる……!?」


 奥でくつろいでいたのはボルゾフだ。やつだけ、頭に冠のようなものをつけている。


「お、お前はっ、ドドド、ドラスレ!」

「さらばだっ、ボルゾフ!」


 猛進して、ヴァールアクスをふりおろす。


 斧はボルゾフの冠からまっぷたつに両断する。


「な、なじぇ……」


 ボルゾフの身体は左と右にわかれ、地面によこたわった。


「お、おかしらぁぁ!」

「おかしらが、やられたぁ!」


 このインプどもの拠点は叩きつぶさなければならない。


「お前たちの生を過剰に搾取したくないが、人間と魔族は決して相容れない存在だ。お前たちにはここで死んでもらう!」


 ヴァールアクスを悪魔のようにふりまわす。


 ヴァールアクスを一度はらうだけで、五匹のインプの首がとんだ。


 逃した者は捨ておく。ここを徹底的にたたきつぶせば、俺たちに二度と刃向かわないだろう。


 逃げまどうインプどもが空気の流れを生み、戦場となった広場で燃えていた焚き火の勢いが強くなった。


 火は近くの民家の跡に燃えうつった。


「グラート!」

「まずい。消火するぞ!」


 アダルジーザとともに強くなる火を消す。


 幸い、火をすぐに止めることができた。


「これでもう大丈夫だねっ」

「そうだな」


 アダルジーザはどこも負傷していないな。


「インプさんのおうちって、他にもあるのかなぁ」

「さあな。他にもあるかもしれないが、すべてをたたかなくても問題ないだろう」

「そうなのぉ?」

「インプたちは俺たち人間にかなわないと恐怖すれば、今までのように刃向かわなくなる。それなのに根絶やしにすれば、不必要な遺恨を生むことになる」


 敵を根絶やしにした方がよいという意見もあるが、俺はそう思わない。


「そうなんだぁ」

「やつらが息をふきかえしたら、また俺が追いはらえばいい。命の過剰な搾取はすべきではない」

「うん。そうだねぇ」


 ボルゾフのわれた冠が、床に落ちている。


 それをひろって、インプの本拠地を後にした。



  * * *



 アダルジーザが夜道にマジックシールをつけていたおかげで、エルコまで帰還することができた。


 真夜中のエルコは廃墟のように静かだ。火も完全に消されたようだ。


「みんな、ねちゃったね」

「そうだな。とりあえず、さわぎはおきていないようだ」


 港のそばでくるまっている人影があった。


 近づくと、うずくまっているのはジルダか。ねているのか?


「ジルダ。おきろ」


 ジルダの小さい肩をゆらしてみる。ジルダは顔をむくりとあげた。


「あ……あれ、ドラ……グラート?」

「無事だったか。こんなところでねていたら、かぜ引くぞ」

「お、おう……て、インプたちは?」

「ボルゾフなら、しとめたぞ」


 ねぼけるジルダに、ボルゾフからうばった冠を見せる。


 ジルダは目をしょぼしょぼさせていたが、ボルゾフの冠に気がついて目を見開いた。


「こ、これ、ボルゾフのやつじゃん! マジ!?」

「そうだ。マジだ」


 アダルジーザと目を合わせて、くすりと笑う。素直におどろくジルダが、おかしかった。


「テオフィロのやつにも、知らせなきゃ。おい、テオフィロ。どこいったぁ!」


 テオフィロ殿も、近くでねているのか。今日はずっと、寝ずの番をしてくれていたんだな。


 インプたちはほろんだ。プルチアはこれで安全になるだろう。


 これからは流人たちと労役のノルマをこなして、恩赦が出るのを待つとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る