第11話 浅葱色の服を着た侵入者
ユミス様の魔法の指導は意外とスパルタだった。
初日から平然と無理難題を突きつけられたけど、夕食の時間になっても充足した気持ちは衰えなかった。
「だから言ったじゃろ。人間も詠唱しないで魔法が使えると」
神殿から少し離れた浜辺でユミス様と火を囲んでいる。
食事の時間は波の音が聞こえるこの場所にいることが日課になった。
「詠唱しないと魔法が使えないと思ってましたからね。驚きましたよ」
「昔の人間は詠唱なんてしてなかったんじゃがなぁ。今の人間は詠唱するのが普通なのかの?」
「どうなんでしょうね。少なくとも、私は詠唱しない魔道師をこれまで見たことないです」
冒険者ギルドで初級の魔法を教わっていたとき、詠唱して魔法を使うものだと教わった。
「じゃから、昼間は珍しくうろたえておったのか」
「はい。私はいくつかの冒険者のパーティに入って活動してたのですが、どの冒険者も魔法を使うときは呪文を詠唱していました」
「呪文を詠唱しないで魔法を使うのはコツがいるが、慣れれば簡単なんじゃがのう。いちいち口で呪文を唱えたら、口が渇いてくるじゃろう?」
「そうかもしれませんけど、それってそんなに重要ですかね?」
ユミス様はすごいお方だ。
風変わりな方ではあるけれど、この人に出会えたのは幸運だったんだ。
「ヴェンは勉強熱心じゃな。良いことではあるが、もうちょっと遊んでてもよいと思うがの」
ユミス様がぼん、と白い煙に包まれる。
白猫の姿になって、きれいな後ろ肢で頬をかいていた。
「私に遊ぶ時間なんてないですよ。他の人たちよりも冒険者になるのが遅れたんだ。早く追いつかなきゃ」
「追いつかなくてもいいと思うがのう」
「早く魔法をおぼえて他の人たちに追いつきたいんです。上級魔法をおぼえれば、魔道師の平均よりも高いレベルにいられます。ひとまずはそこを目標にしたいです」
ユミス様のように神級のとんでもない魔法が使えなくても、きっと私の居場所がつくれるようになる。
そのためには、もっと魔法を勉強しないと……
「わらわの力で生まれ変わったというのに、生き急いでおるのう」
ユミス様は猫の姿で大きな口を開けて
「人間は神様と違って寿命が短いですからね。仕方ないですよ」
「そういうものかのう」
「私もユミス様みたいに長生きできれば、もっとのんびり過ごせるのかもしれないですけどね」
寿命や老衰を考えなくていいんだから、やっぱり神様って羨ましい。
「ユミス様は人間の子どもの姿でいることが多いですが、何か理由があるんですか?」
「理由? はて、そうじゃのう。あるような、ないような」
「なんですか、それ。ご自分のことでしょう。それとも無自覚であの姿なんですか?」
「ふぅむ。なんで、いつもあの姿なのかのう。とうの昔からあの姿でいるから、どうしてじゃったか忘れてしもた」
何百年……何千年なのか。そんな遠い昔のことなら、神様でも忘れちゃうよな。
「ユミス様って、人間界では若い女性の姿で描かれることが多いんですけどね。あ、若いと言っても
「ほぉ。なんで、そういう描かれ方をするのかのう」
「どうしてでしょうね。それも理由はわかりませんけど、遠い昔に誰かがそう伝えたのが、現代まで残ってしまったんでしょうかね」
どちらかといえばグラマーな女性の方が好きかな。
「ということは、ヴェンは幼子よりももっと年頃の女性の方が好きかの?」
「えっと、どうでしょうね」
「ほほ。ヴェンはうそをつくのが下手よな」
ぼんと白い煙が舞って、ユミス様がグラマーな女性に変身してくれるのか!?
「なんてな。期待したか?」
「期待は……してませんよ、別に」
ユミス様は元の翼を生やした幼女の姿に戻っていた。
「やっぱりこの姿でヴェンにすり寄ってる方が落ち着くからの」
身体をすり寄せてくるユミス様を右手でどかした。
* * *
神殿の掃除を毎日続けて、大広間の半分くらいまできれいにすることができた。
祭壇とそのまわりだけを優先的に片して、大したお供え物は置けないけれども立派な祭壇になったと自画自賛したくなった。
「祭壇のまわりもやっときれいになったのう。ヴェンのおかげじゃ!」
幼女の姿のユミス様の頬が一段と潤っている。
触らせてもらうと、もうスライムのようにプルンプルンだ。
「ほぉぉー。肌のツヤがありすぎて、なんだか溶けてしまいそうじゃ。心地よすぎて身体全体まで溶けてしまいそうじゃぞぉ」
「よかったですね。ユミス様」
「信心深いヴェンの信仰はすさまじいのぉ。ほれ、ほれ。もっと触ってみい」
ユミス様が調子に乗って頬を近づけてきたので、左手で押しのけ……ほんとプルンプルンだっ。
何か、玄関の方で音がした。
「なんじゃ?」
ずかずかと歩いてくる三人の影がある。
現れたのは
「誰です? あなたたち」
ユミス様の信者……には見えない。
服と同じ色の頭巾をかぶり、口もとも布切れを巻いて隠している。
鋭い眼光に、右手には刃渡りの短い剣……いやナイフ。
「盗賊!?」
男たちも私たちがいることを意外に思ったのか、少し驚いている様子だった。
「人がいるぞ」
「もう一人はガキじゃねえか」
「くそっ、どうする!?」
おそらくここを偶然知った物取りだろう。
三人は小声でしばらく話し合いをしていたが、やがて私たちに振り返って近づいてきた。
「これ以上近づいたら、容赦しませんよ!」
まずい。声がふるえている。
ユミス様ならきっと、こんな者たちは瞬殺できるんだ。慌てることはないんだ。
「死ねっ」
先頭の男が突進しナイフを突きつけてきた。
右に跳んで風の魔法を……詠唱はしなくていいのか。
「今だっ!」
突進してきた男がいきなり声を上げて、後ろの二人に合図した……?
他の二人が素早い動きで祭壇まで近づいてユミス様に組みついた。
「な、なんじゃ……?」
ユミス様を人質にする気かっ。
「へっへっへ。うまくいったぜ」
「こんなにあっさり成功しちまうなんてよ。俺らって天才じゃね?」
「ガキの方さえ捕まえられれば、あとはもう簡単だ」
こいつらはユミス様を子どもだと勘違いしているから、俺を脅して金品を奪う気なんだな。
だが……ユミス様は私よりもはるかに強いんだけど、大丈夫かな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます