第9話 神級の魔法
次の日も朝早くに起床して神殿の掃除にとりかかった。
神殿はメインの大広間といくつかの小部屋で構成されている。
大広間は正面の入り口とつながっていて、小部屋は地上と地下にそれぞれつくられているようだ。
「すべての部屋をわらわとヴェンのふたりだけで手入れするのは難しかろう。祭壇のまわりだけでもきれいにしたいが」
「それでしたら正面の入り口と大広間を中心に掃除しましょう。そのくらいでしたら、私だけでもできますよ!」
ユミス様のために、この神殿をきれいにしたい。
「ヴェンは随分と張り切っとるのう」
「いけませんか」
「いや……わらわに尽くしてくれるのは嬉しいんじゃが」
ユミス様はなぜか困惑されていた。
「そこまで張り切らなくとも、魔法はちゃんと教えてやるぞ?」
「魔法を教わりたいから張り切ってるわけじゃないです。だれが来てもユミス様が恥ずかしくなられないように、ここをきれいにしたいんですよ」
「そ、そうか……」
大きな柱や瓦礫はあらかた撤去したが、隅までのさばる雑草を取り除くのが大変だ。
茎を切らないように気をつけながら、根っこまで一気に引き抜く。
「ヴェンは草を抜くのがうまいのう」
「冒険者になる前はずっと畑をたがやしてましたから。冒険者になってからやってませんでしたが、身体がおぼえてます」
ユミス様もとなりで私をながめながら、見よう見真似で草を抜きはじめた。
「これを全部抜くのは大変じゃな」
「三日くらいあれば玄関と大広間はきれいになりますよ」
「そんなに早く作業できるのか? ヴェンよ、少しばかり無理してないか」
「無理してないですよ。農民でしたら、このくらいできて当然です」
畑仕事で雑草を抜いたり、害虫を駆除するのは日常茶飯事だった。
広い畑を手入れするのと比べれば、神殿の掃除は楽かもしれない。
「わらわに尽くしてくれるのは嬉しいが……あんまり無理はしてほしくないのう」
ユミス様はなんだかんだ言ってお優しい方だ。
「あんまり酷使して倒れられたら、わらわも食い扶持がなくなってしまうし」
「余計なことは言わないでください」
神殿の広間は廃墟のように草で覆われていたが、草や悪い虫を除去すると元のきれいな姿が見えてきた。
「石床もかなり
「あったと思うぞ。どこかに」
裏手の物置小屋を少しのぞいたときに掃除道具を見かけた気がする。
箒とちりとりで埃を取り除いて、きれいな石床を拝むことができた。
「やっと玄関がきれいになったな」
「広間と祭壇もすぐきれいになりますよ」
ふよふよと浮くユミス様が少し輝いているように感じた。
* * *
ユミス様が私を気遣ってくれたのか、昼食の後から魔法の指導をすると言い出した。
「神殿の掃除は毎日午前中だけやってくれればよい。ゆっくりと進めていってよいものじゃから、午後はお主の勉強の時間にしよう」
このご厚意はとてもありがたい。
「ありがとうございます」
「神殿の裏手から崖を登れば見晴らしのよい丘にたどり着く。そこで魔法の勉強をするのはどうかの?」
「いいですね。行きましょう!」
ゆっくりと進むユミス様に従って神殿の裏へと移動する。
崖の一点に階段のように
「この階段は、ユミス様の神殿を建てられた古代人がつくられたものでしょうか」
「さあなぁ。そうであったかもしれぬが、とうの昔のことゆえ忘れてしもた」
何千年と生きていれば、女神といえども記憶を失ってしまうものなのか。
傾斜がきつい坂を上がりながら、右手に見える海が輝いていることに気づいた。
穏やかな海は暖かい日差しを反射して、今日も雄大な姿を私に見せていた。
「わらわの父や兄もそなたの再出発を祝しておる」
「はい……必ず高名な魔道師になりますっ」
ユミス様の背中から「ほほ」と声がもれた。
草原が広がる丘でユミス様が止まり、こちらにふり向いた。
「ここでよいじゃろう。そなたは水と風の魔法を習得していると申しておったが、どっちから先に習得したいんじゃ?」
「どちらからでもいいですが……それでしたらユミス様が私にかけてくれたバフをまずは教わりたいです」
「バフ……? とは、なんじゃ?」
あれ。ユミス様がバフを知らない?
「バフですよ。仲間の攻撃力を上げたり、状態異常の耐性などを付与する魔法のことです」
「おおっ。特定の力を一時的に授ける魔法のことを人間界では『バフ』と呼ぶのか。それは知らんかった」
ユミス様はずっと独りで住んでいたから、人間界の常識や流行に疎いんだな。
「そうです。昨日、私にかけてくれた腕力を上げる魔法を教えてほしいです」
「あれは風の魔法じゃな。『ライテン』といって風の力で物を軽くする魔法なんじゃが、どうやって教えればいいんじゃ?」
ライテン!? その魔法だったら私も覚えているぞ。
でも、ライテンは荷物を少し軽く感じさせる程度の魔法だったはずだが……
「どうした? ヴェン」
「あの、申し上げにくいのですが、その魔法でしたらすでに覚えています」
「おお、そうであったか」
ユミス様が残念そうな顔をされている。
「……大気の流れを司る精霊たちよ、その力で荷を軽くし我を助けよ、ライテン!」
唱え終わった瞬間、緑色に輝く光が降り注いで私の身体を覆った。
神殿の裏手へとすぐに戻って撤去した柱を持ち上げようとしたが……持ち上がらないぞ。
「ヴェン、どうしたのじゃ」
「ユミス様。昨日かけてくれた魔法って、本当にライテンなんですか。昨日みたいに柱が持ち上がりませんよ」
「ふむ。それはきっと魔法の等級が違うからじゃろう」
魔法の等級が違う……
「人間がよく使う魔法は初級と上級であったな。その上の超級と伝説級というのもあるのじゃが、これらを使える人間はもうほとんどおらぬじゃろうな」
「ユミス様が使っておられるのは、それでしたら超級か伝説級なんですか?」
「わらわが使ってるのは神級じゃ」
神級……!
「わらわは神じゃからな。神級が使えて当然じゃ。人間であるヴェンに神級を教えるわけにはゆかぬ。神級は神のみぞ使役してよい魔法じゃからな」
「そう、なんですね」
「そもそも人間では神級など扱えぬ。じゃが超級くらいまでならば教えることができるじゃろうから……そんなに落ち込むでないっ」
「はい……ユミス様って、やっぱりすごいお方なんですね……」
私ではユミス様のようにすごい魔法は使えない。
柱をひょいと持ち上げて、ぶんぶんと振り回したかった。
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