第12話:無詠唱魔法

 ◇


 翌日、俺はシーナを連れて昨日の森に行くことにした。


 マーカスの不安を解消するためにシーナを鍛えるのが目的である。


 まずは南門を目指して村の中を歩いていたのだが、その途中で大きな馬車を見つけた。


 大量の荷物を乗せた屋根付きの馬車である。


「あれは?」


「街から定期的に来てくれる商人さんです。確か、昨日村に来ていたはずなので、多分これから村を出るのかと……あっ」


 なるほど、商人か。


 いかにも異世界らしいというか、ゲームっぽいというか……雰囲気があるな。


「って、どうした?」


 何かを思い出したように急に駆け出したシーナ。


「すみません‼」


 商人の馬車に追いついたシーナは商人に声をかけた。


 すると、馬車が止まり、優しそうな白髭の商人が降りてきた。


「おおっ、シーナちゃんではないか。買い物かい?」


「はい! 男性物の衣類一式がほしいのです」


「男性物? あ~、そこの男の子用にってことかい?」


「そうです!」


「わかった。ちょっと待っておれ」


 要件を聞き終えると、商人は荷台から商品を探し始めた。


「急にどうしたんだ?」


「お節介かもしれませんが、カズヤさん用に衣類が必要だと思ったんです。その服装だと目立ってしまいますし……」


 確かに、高校の制服のままではかなり目立つ。


 村人からも怪しむ視線をひしひしと感じていた。


「でも、お金ないぞ?」


「あ、それはもちろんお金は私が出します!」


「なんか、それは申し訳ないような……」


「カズヤさんには色々とお世話になりっぱなしですし、このくらいはさせてください」


 俺としては見返りなんて何も求めていなかったのだが、そう言ってくれるのは嬉しい。


「遅かれ早かれこの世界に合わせた服は必要になりますし、それに……村のみんなも安心すると思います」


 なるほど、確かにTPOに合わせた服装にするべきか。


「そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらうよ。サンキューな」

「とんでもないです!」


 俺とシーナの話が終わったところで、商人が荷台から降りてきた。


「これがおすすめじゃ」


 商人が持ってきたのは、黒のローブ。


 これなら俺でも似合いそうだ。


「いくらですか?」


「セットで三万ジュエルじゃ。品質は保証する」


「や、安いですね……!」


「ふぉっふぉっふぉっ、昨日はよく売れたし、買取まで出来たからの。昔からの付き合いじゃし、サービスじゃ」


「ありがとうございます!」


 こうして、新しい服を入手することができた。


 早速着てみると、かなり動きやすく良い感じだった。


 というより、ブレザーが動きにくかっただけな気もするが……。


「ところで」


 商人が俺をマジマジと見てきた。


「セーフクというものを売る気はないかね?」


「え、制服を知っているんですか?」


 というか、これ売れるのか。


「うむ。昨日同じ服を着た旅人がいてな。昨日と今日で四着も買い取れたわい。なかなか生地が良いし、デザインも珍しい。売ってくれるなら買取金額は弾むぞ?」


 四人というのは、遠藤・片桐・高原・山本の四人のことだろう。


 売って現金を手に入れるのもありだが……迷うところだ。


 四人とは違って、差し迫った状況ではない。


「すぐに決める必要はありませんよ。売るのはいつでもできますし」


 シーナがそう言ってくれたのが決め手になった。


「元の世界に帰った時にこれがないとちょっと困るかもしれない。今回は買取なしにしたい」


「うむ、わかった。気が変わったらまた声をかけてくるのじゃ」


 このようなやり取りを終えた後、商人と別れたのだった。


 ◇


 その後、すぐに昨日の森に到着した。


 手持ちの魔石を全て消費し、まずは召喚獣の頭数を増やす。


「よし、みんな魔物を見つけ次第倒して魔石を回収してくれ。魔石の置き場所は……この木の近くに置いてくれればいい」


 指令を出すと、召喚獣たちが四方八方に散らばり、戦闘を開始した。


 この森にいる普通の魔物程度なら一番弱い★3の召喚獣でもサクサク倒せている。

 後は経験値が集まるまで待つだけだ。


「待ってる間、シーナの魔法を見せてもらってもいいか?」


「あ、はい! じゃあ、あの木に向かって撃てばいいですか?」


「それで頼む」


 シーナは大木を見つめ、右手を突き出す。


 そして、詠唱を始めた。


「天より与えられし火の力、我が敵を滅ぼす赤き球となりて轟け! 《火球ファイア・ボール》!」


 するとぼわっと火の球が出現し、ひゅーっと飛んで木に衝突した。


 ポン!


 小さく音を出して爆発したのだった。


「こんな感じです……」


「なるほど」


 正直、想定していたよりも火力が低かった。


 ★3の銅魔術師がクラスメイトにいたが、彼らの方が強かったと思う。


 この森の普通の魔物と一対一で戦う上ではこれでも通用するが、長い詠唱がネックになり二体以上を相手にするだけでも一気に苦しくなる。


 俺自身のステータスの成長曲線を見ていると、レベルを上げるだけで劇的に強くなるのかはやや疑問が残る。


「魔法って、《収納魔法》みたいに本を読めば習得できるのか?」


「はい。使い方は魔法書を読めばわかると思います。攻撃魔法や回復魔法は適正さえあれば、呪文を口にすれば使えるはずです」


「ちょっと魔法書を読ませてもらってもいいか?」


「構いませんが……」


 シーナが《収納魔法》で異空間から魔法書を取り出す。


 《火球ファイア・ボール》のページを開いてみる。


 すると、《収納魔法》の時と同じようにすぐに習得できた。


「多分、使えると思う」


「す、すごいです……! カズヤさんは魔法の才能まであるのですね!」


「それと、詠唱も省略できるかも?」


「え?」


 シーナは長い詠唱の後に《火球》を放っていたが、習得した実感として詠唱は必ずしも全部の呪文が必要ではないという感覚があった。


「試してみよう」


 俺は、シーナと同じ大木に左手を突き出す。


「我が敵を滅ぼす赤き球となりて轟け! 《火球ファイア・ボール》!」


 勢いよく火の球が飛び出し――


 ドゴオオオオン‼


 と轟音を立てて衝突したのだった。


 大木はボロボロになり、今にも倒れそうになっている。


「す、すっごいです‼」


「いや、なんか違うな」


「何がですか?」


「いや、なんとなく。まだ魔法に無駄がある気がする。あっ、そういうことか」


 俺は閃きをすぐに実行する。


 狙いは、隣の大木。


「詠唱無しで……」


 一切の呪文を唱えることなく、俺の左手から火の玉が飛び出した。


 さっきとは比べるまでもなく轟々と燃える火の球が勢いよく飛んでいき――


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッ‼


 目の前が全て火の海になる大爆発を起こし、大木は見る影もなくなってしまったのだった。

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