第4話:助けを求める少女

 その頃、稲本たち一行は道なき道を進み、遠くに見える村と思われる場所を目指していた。


 スムーズに足を進めていたが、先頭を歩く稲本はピタっと足を止めた。


「先生、どうかしましたか?」


 片桐が尋ねると、稲本は人差し指を立てて静かにと合図した。


「四十メートルくらい先に大きな魔物がいる。通り過ぎるのを待とう」


「白銀の狼か⁉」


 二時間ほど前の惨状を思い出した遠藤が思わず声を上げる。


「ま、雅人、静かに!」


「わ、悪ぃ」


 恋人の高原に注意され、落ち着きを取り戻す遠藤。


 幸い、件の魔物には見つからなかった。


「白銀の狼と比べれば小さいが、その辺にいる狼の魔物と比べれば大きい。五人で戦えば勝てそうな気はするが……無為な戦闘は避けたい」


「戦っている間にそれこそ白銀の狼が出てくるかもしれませんしね」


「その通りだ、片桐。お前はよくわかっている」


「でも、その魔物がずっと立ち止まっちゃたらどうするの?」


 不安気な表情の高原が呟く。


「その時は、ボコボコにして強行突破しかねえな! 亜理紗は何があっても俺が守ってやる」


「ええ~♡」


 バカップル丸出しの会話を繰り広げる遠藤たち。


「実際、魔物が思い通りに移動してくれない可能性はあるね。日が暮れる前には森を抜けたいし、どうするかは考えておいたほうがいいと思う」


 食料や水がない上に、危険な夜の森で野宿するわけにはいかない。


 そうなるくらいならリスクを取って魔物と戦った方がいい――とまで片桐は考えていた。


「じゃあ、迂回するっていうのはどう? あれ? そんな簡単な話じゃなかった?」


 山川が自信なさげに提案する。


「いや、悪くない選択肢だと思う。ですよね、先生?」


「そうだな。これまで最短距離で進んできたが、道なりのルートに戻ればあの魔物との遭遇は避けられる。遠回りにはなるが、今すぐ動けば日が落ちるまでに間に合う」


「じゃあ、それで決まりですね。トラブルが起きたらその時また考えましょう」


 こうして魔物を迂回して村を目指す一行。


 その途中。


「……だ、誰かそこにいるんですか……? た、助けて……ください」


 小さな崖の下から、助けを求める少女の声が稲本たちの耳に聞こえてきた。


「わっ、怪我してる人が! せ、先生!」


 崖の下で足を押さえた少女を最初に発見したのは、山川だった。


 崖の高さはおよそ一メートルほどしかないため、慎重に降りることで五人揃って少女の元まで移動することができた。


 助けを求めていた少女は、見た目から判断するに四人の生徒と同じくらいの年齢。


「す、すっげえ美人……」


 恋人が隣にいる遠藤が見惚れてしまうくらいには美しい美貌だった。


 腰まで伸びる金髪。サファイアのように透き通った碧眼。人形のように整った顔立ち。全体的に華奢な肢体をしているが、小さな身体に似合わないくらい胸は大きい。


あらゆる面で文句のつけようがない美少女である。


「大丈夫ですか? あっ、足が……」


 山川が少女の状態を確認していると、少女はほっとしたようだった。


「魔物と戦っていて落ちてしまったんです。歩けなくて、村に帰れなくて困っていました……」


 初めて聞く言葉だが、自然と稲本たち五人は理解できていた。


 言葉も問題なく発音できそうな感覚があり、コミュニケーションに問題はなさそうだ。


「あの村の村人なんですか?」


「はい! あっ、申し遅れました。私、シーナ・ラトフォードって言います。この近くのリード村の村人です。あなた方は旅人ですか……?」


 旅人かと問われ、やや返事に困る五人だったが、代表して稲本が答える。


「まあ、そんなところだ」


「旅人さんなのですね。村までの道案内をするので、助けていただくということは……」


 シーナの頼みを最後まで聞き終えることなく、稲本ははっきりと伝える。


「あー、そりゃ無理だ。諦めろ」


「え……⁉」


「村まではまだまだ距離がある。俺たちは何の利益もなくお荷物を抱えてやるほどお人良しじゃねえんだよ。気の毒だが」


「そんな……」


 シーナは絶望し、俯くことしかできなかった。


「先生、私なら足の怪我は治せます!」


 金回復術師の山川が稲本に伝える。


 しかし、稲本の反応は冷たいものだった。


「そういう問題じゃねえ。旭川の件と同じだ。戦力にならないゴミを抱えるリスクを取りたくねえって言ってんだ! ガキはすっこんでろ!」


 稲本の圧に山川はビクッと身体を揺らした。


「じゃ、じゃあ怪我の治療だけでも……」


「余計なことすんじゃねえ!」


 稲本は、シーナの足に手を伸ばした山川の手を止めた。


「ど、どうしてですか⁉」


「怪我が治ったら歩けるようになるだろうが! 俺たちの後ろを勝手についてきたら同じことになる! それに、こいつがもし無事に村に戻って俺たちの悪評を流したらどうなる? ちょっとは自分で考えろ! 馬鹿が!」


 稲本の主張には四人ともドン引きしていたが、今の状況は旭川を見捨てた状況と同じ。


「旭川は見捨てて、美少女サマは助けるってか? まったく、都合が良い話だな! バカげてる。俺は女だろうと男だろうと美人だろうと不細工だろうと差別しない! 俺の役に立つか、役に立たないかがすべてだ! 何か文句あっか⁉」


 たしかに、それなりに付き合いが長い旭川は見捨てて、今出会ったばかりの少女を助けるには筋が通っていない。


 無意識のうちに辻褄を合わせようとしたのか、四人は稲本の決断を支持した。


「悪ぃな……」


「君を助けることは……できない」


「これも運命だと思って……」


「ごめんね……」


 五人の理由はどうであれ、シーナは掴みかけた光が消えていくような感覚に陥る。


「ひどい……ひどいです……」


 初めて経験する人の冷たさを噛み締めながら、稲本たちの後ろ姿を見つめることしかできなかった。

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