78は隣同士

@sougoss

第1話 7と8

人が嫌いだ。

五月蝿い子供達、秩序のない大人達、厚かましい老人達……そんな人ばかりじゃないよ、という声も聞くがこういう輩ばかり目につく。


今日も電車に乗って出勤する。

会話を控えろという車内アナウンスも消されるくらいに五月蝿い女子高生達、はしゃぐカップルに両サイドに座る成人男性二人の肘が痴漢レベルで両脇腹を圧迫してくる。

不快になり、席を立つと待ってましたとばかりに老女性が人を掻き分け押し退けていそいそと狭まった座席に無理矢理着く。

私はこんな老人が特に嫌いだ。


職場ではピラミッド状に形成された人事システムにうんざりする。

上の方に鎮座する者は下の揉め事なんて我関せず、見て見ぬふりでおまけにいつも人を見下したような態度を取る。

こんな者ばかりが目に付き不快に思ってばかりの私は恐らく自身も周囲から疎まれているに違いない。

私は私を含めた人間という生き物が嫌いだ。


その日は台風の直前で不安定な天気だった。

こんな日は速やかに帰宅するに限る。

雨風が段々強まる帰りの電車内で曇天の空を眺めながら家のベランダに置いてある小さな鉢植え達が心配になった。

もうすぐ花開こうとしている蕾は吹き飛ばされていやしないだろうか……。

雨に降られながら帰宅してベランダに直行する。

強い雨と風が今にも小さな鉢植えを吹き飛ばそうとしていた。

一つ、二つと鉢植えを部屋の中に避難させているとふと手が止まる。

何か見たことのないものが鉢植えと鉢植えの隙間に挟まっている。

薄暗くてよく見えなかったが明らかに我が家の物ではない何か。

近所の家の物が風で飛んできたのだろうか?

十センチ強のそれを親指と人差し指の指先だけを使いつまみ上げる。

雨に濡れたせいか想像より重さがある。

明るい室内に向けて確認すると思わず悲鳴が出たと同時に床に投げ付けてしまった。

「キャッ!!な、何?これ……」

それは部屋のフローリングの床上にうつ伏せになるような格好で倒れ込んでいる。

「えっ?!やだ……に、人形?」

まじまじと見ると人形にしては生物っぽいというか、なんかこう……表面の質感が人肌のような……

濡れてベッタリしていたので見えにくかったが白銀色の髪の毛のような物も見えた。

何か布を纏っているようだが人形の服とも呼べない不思議な形状をしている。

更に観察していると気のせいか息をしているようにも見えた。

「ちょっと……何?……これ……どうしよう……」

オロオロしつつも、よく見るとそれはとても美しい顔をしていた。

高性能の玩具なのか、取り敢えず濡れている姿が不憫になり、泥で汚れた顔と身体をタオルで拭いて綺麗にしてやってから取り敢えず様子を見る事にした。

暫くテーブルの上に放置していたが、それはそれで邪魔なので自身の趣味でもあるドールハウスのベットに寝かせてみる。

やはり最近の玩具なのか、サイズはピッタリだ。

でもこのドールハウスに人形のオプションなんて付いてないはずだ。

一先ずその日はそのままにして明日マンションの管理人に紛失物の届け出がないか聞いてみよう。


翌朝目覚めると外は大雨だった。

こんな日にまで会社へ行かなくてはならない人生を恨む。

ふとドールハウスに目をやると私は驚きのあまりに身体が硬直し、鳥肌が立った。

ドールハウスのベッドの縁に昨日の人形が座っていたのだ。

昨日は寝かせて置いたはずなのに……。

何かの間違いかともう一度見るとそれは自身の膝の上に手を置いてお行儀よく座っていたかと思ったらクルリと顔を向けてこう言った。

「おはよう。」

私は手にしていたコーヒーカップを床に落としてしまった。

飲みかけのコーヒーが床にこぼれてしまったが、そんなことよりも今、目の前で起こっている事の方が問題だ。

「え……?」

「聞こえる?おはよう。」

「……な……なに?……しゃべれるの?しかも起き上がって……」

声が震える。

そんな此方の様子にはお構いなしにそれは言葉を発する。

「この言葉で合っているかな?昨晩はありがとう。」

「は……はい?」

驚く様子をよそにそれはニッコリと微笑んだ。

頭の中がパニックに陥る。

しかし、相手に敵意がないのは理解できる。

出勤前の私にはあまり時間がない。

あと十五分後には家を出なくてはならないのだ。

私は着替えと簡単にメイクをしながらどうにか心を落ち着かせ歯を磨きながらそれに話し掛けてみた。

「あなたは何?人形?高性能の玩具?私の質問に答えられる?」

「私、いや僕は……そうだな……貴方達は何て言うかな……例えば妖精とか、小人とか宇宙人とかって呼んでると思うけど……」

「えっ?妖精?小人?ちっさいオッサンとかの類い?地球外の者?人に作られた物じゃなくて?」

「人に作られた物ではないよ。それから地球外の者でもない。」

「待って、地球にあなたみたいな生き物はいないでしょ?」

「うーん……僕らは地球に沢山いるよ。でも普段は人間に気付かれないし、人間の世界と"壁一枚"の向こう側にいつもはいるんだ。」

流暢に話すこの生物の言っている事がイマイチ理解できない。

考える時間が必要だ。

「ちょっとごめん……話の続きは帰って来てからでいい?もう行かないと……ね、そこに居てよ?」


頭の整理が付かないまま大雨の中、電車に乗る。

落ち着け……私。

考えろ……私。

私はどうやら昨晩うちのベランダに迷い込んだ妖精?のような生き物を保護したらしい。

で?どうする?

こんな台風の日にあれを外に追い出す?

いや、それはあんまりだ。

じゃあいつまでうちに居させる?

そもそもあれは何処から来て何処へ行こうとしていたんだ?

その日は仕事もろくに手に付かずで帰宅した。

朝の言い付けを守ったのか、はたまたこんな悪天候の中、外に出られなかったのか……それはドールハウスのベットで眠っていた。

まじまじと顔を見る。

本当に何者かに作られたかのように完璧なまでに美しい。

しばし見とれているとそれはゆっくりと目を開けた。

「おはよう。帰って来たんだね。」

「おはようじゃなくて……そう言う時はお帰りって言うの。」

「そう、お帰り。」

ゆっくりと起き上がり、眠そうに目を擦っている。

「うん、ただいま。ね、起きがけに悪いんだけど朝の続きを話さない?」

「あぁ、そうだね。」

「あなた、名前とかってあるの?」

「あぁ、僕の名前は‡#§‡†ψЛ。」

「え?」

「あぁ、そうか……君達の言葉では発音出来ないし、意味も解らないだろうね。」

「なんて呼べばいい?」

「そうだな……君が考えるのはどう?」

「えっ?私が?」

「うん。」

「そうだな……鉢と鉢の間に挟まっていたから……うーん……鉢……はち……エイトは?」

「うん、じゃあ僕はエイト。君は?」

「私はナナ。」

「いい名前だ。ナナとエイトは隣同士の数字だね。気に入ったよ。」

「へぇ、よく知ってるじゃない。」

「だから僕も地球の生き物だよ、それくらいは知っているよ。」


それから私達はお互いの事を沢山話した。

彼は壁一枚向こう側の世界の住人で薬の開発をしているのだと自身の身の上を話した。

エイト達は此方へ来ると何故か身体が小さくなってしまうらしい。

なので此方へ来ても身体が小さくならずにすむ薬を開発中で実は頻繁に材料を集めるために来ているそうだ。

そしてその壁とやらの存在に此方の人間は気づけないそうで普通ならこうして姿を見ることはないと。

彼が開発中の薬の材料は主に樹木や鉱物、海の中にもあって、こんな小さな身体でしかも一人でそれらを採取するのは重労働に見受けられた。


話を一通り聞いて何の気まぐれか私はエイトの手伝いをする事にした。

とは言え会社もあるので手伝いは休日に限られるのだが……


私が会社へ行っている間にエイトは外へ薬の材料を集めに行ってはこのドールハウスに戻って来た。

どうやら私のドールハウスを気に入ってくれたらしい。

エイトも本来ならば此方へ来ても決まった拠点らしい場所は造らずに向こうと此方とを往き来しているのだと教えてくれた。


エイトと話すのはなんだか楽しい。

私の人間嫌いを彼は理解してくれて会社の愚痴なんかも微笑みながら聞いてくれる。

最初はこの生活もどうなるかと色々心配もしたが、月日が流れるうちに私の暮らしの中にエイトがいるのが当たり前になった。

でも、たまにふと思う。

私とエイトの関係性って一体何なのだろうか。

例え話として会社の同僚にそんな関係を何と言うのか質問したら

「あー、それってヒモかペットでしょ?」

軽々しくも辛辣な答えが帰ってきた。

エイトはヒモでもペットでもない。

私にとってはとても大切な存在なのだ。



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