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 飼育部屋、とでもいうのだろうか。大きな猫と、その猫が使っているのであろうクッション、水のみ用の皿以外は何もない。


「かわ、かわいいっ!」


 わたしの声に反応するように、寝ていた様子の猫が、顔だけをこちらに向ける。

 猫の大きさはかなり大きく、多分、わたしは抱えきれないと思う。前世での大型犬よりやや大きいくらい。子供だったらその背中に乗って移動できるのでは、と思えるくらいのサイズ感だ。

 この猫のお腹に顔をうずめられたらどんなに幸せだろう。


 流石に初対面の相手にそんなことはしないけどね。でも、いつか思い切り腹に顔をつけて吸いたい、と思うくらい。立派な長毛種みたいだし、相当温かくて気持ちがいいだろう。


「この猫ちゃん、さわってもいいですか!?」


 わたしはヴォジアさんの方を向いて問う。……ヴォジアさんは何故か片手で頭を支えるようにしていた。頭が痛い人のポーズである。


「ヴィルトピアの幼体とヴィルドシャッテの子供を猫っていうのはまあ、百歩譲って分からなくもないが、それはどう見ても違うだろ。ラグリスだぞ」


「聞いたことないですねえ」


 ゼインラームを舐めるなよ。ネコ科の生き物はとことん排除されているし、優秀な狩者のおかげで、生活区域に魔物が侵入する事件はもう何百年と起きていない。箱入り娘、と言っても過言ではなかった貴族令嬢が、動物と魔物の区別がつくわけがない。


 まあ、確かに、猫、とは言ったけれど、耳の形とかは、どちらかというと虎に違いような気もする。長毛だから分かりにくいけど。でも、虎も虎で、ネコ科じゃんね?


 とはいえ、安全圏でぬくぬく育った貴族だったから、なんて言えないんだけど。今はまだ、侯爵令嬢だったということは秘密にしておきたい。少なくとも、何かしら、仕事ができると証明できるまでは。

 何もできないお嬢様だと思われて追い出されても困る。あのスキル鑑定所のお姉さんの言うことを信じるなら、そう仕事には困らないかもしれないけど……。

 でも、明日から生活するお金がすでにないので、さくっと仕事が見つかるに越したことはないのだ。


「……まあ、触っていいかどうかは本人に聞けば?」


「それもそうですね」


 わたしはラグリス、と呼ばれた猫に近付き、手を差し出した。


「初めまして、わたしはルティシャと言います。あなたのそのふわっふわの毛並み、触ってもふって、吸っていいですか?」


「厚かましいなお前……。そんなの、許可出ると思ってんのかよ」


 背後からヴォジアさんのそんな言葉が聞こえてきたが無視だ、無視。

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