第14話 汝、竜とともにあらんことを

 三匹のグラヒュトウルと共に落ちる俺。

 

「コートアートマ!」


 伸尖剣のサイズを戻すと、グラヒュトウルの方が先に落ちていく。

 でも、俺もどんどんと下へ落ちてる! 


 もう助かりそうにない。渓谷の下は崖だったんだ……。

 こんな高い場所だったのか。寒い地域なわけだ。

 エーテは助けられた。

 やるだけのことはやった。

 俺はまた、女の子を助けて死ぬのか。

 でも……悪くないんじゃないかな。

 今度生まれ変わったその時こそ、獣医として俺は……。



「えっ?」


 真っ逆さまに落ちる俺は、自分の目を疑った。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ」



 それは……湖で見た竜だった。

 その竜は落ちる俺を拾うように背中に乗せた。衝撃など全然感じなかった。

 大慌てで捕まるが、そこは硬い部分じゃない。助かった……のか? 

 素手で持つ手が少し痛いけど。

 ――気付くと俺は、竜の背中に乗り……空を飛んでいた。


「う……そ。どうして……助けられた? でも……」


 白色の大きな竜……どうも様子がおかしい。

 フラフラと安定していない飛び方。

 そして……ここは海!? 

 こんな広い海が広がっていたんだ。

 竜は凄い速度で飛び続けている。

 このままじゃ……家には帰れなくなる。

 まだ助かるかどうかも分からない。


 ――――竜は飛び続け、渓谷の部分を飛び出たのか周囲はいつの間にか一面海となっていた。

 こんなところで落下したら確実に死ぬ。

 竜は必死に何かから逃げるように飛んでいた。

 フラフラと左右に揺れる感覚がある。

 俺もしがみつくので精いっぱい……何でこんなに暴れてるんだろう。 

 陸は……まだ見えない。

 どうして……どうしたらいいんだろう。

 そのまま竜は飛び続け……ようやく砂浜が視界に入った。

 着地するのか? まだ凄い速度が出たままだ。

 

「っ! ぶつかる、ぶつかるよ!」


 ――そのまま竜は、壁に激突。強い衝撃と共に、俺も吹き飛ばされて打ち上げられる。

 幸いにも砂浜の柔らかい部分まで放り出されたが、体を強く打った。

 鍛えていたお陰もあって、軽症で済んだみたいだ。

 どうしてそのまま突っ込んだんだ……壁には深い穴がぽっかりと開いてしまっていた。

 ホコリが舞い上がり、その激突した場所まで恐る恐る近づいた。


「あ……ああ。何で、どうして……どうして! どうして速度を落とさなかったの。これじゃ、もう……助からないじゃないか……」


 竜は……悲惨な有様だった。

 翼はボロボロ。鱗は剥がれ落ちて、酷い出血だ。

 竜の血は、青かった。

 青い血が地面に染み込んでいく。

 ゆっくりと近づき、竜に触れてみた。

 別に、このまま殺されてもいい。

 この竜に助けられなければ、俺は死んでいたんだ。

 だったら少しでもこの竜の傷を、痛みを和らげてやりたい。


「助けてくれて有難う。助けてくれた君が死ぬなんて、嫌だよ。何で僕を助けたの。どうして……あ……」

「グ……オ……」

「竜の……卵? もう、産まれそうなの? どうして君が、育てな……」


 その竜は……恐らく壁に激突する前から酷い傷を負っていたんだ。

 もう、助からなかったんだ。だからあんな飛び方を。

 俺を助けたのは気まぐれじゃない。きっと、この子を誰かに託そうと決めていたんだ。

 たまたま見つけた俺に? だとしたら――「うん。うん……僕がこの子を育てるから。君は、ここでお休み。君の死は誰にも冒涜ぼうとくさせないから。だから、もういいんだよ」


 白色の美しい竜は、そのまま息を引き取った。

 卵をずっと、守るかのように。

 俺がそっと卵に近づくと、既にひび割れ、動き出していた。

 

「いいよ。大丈夫。僕が君の親だ。今日から僕と君は家族。僕は一人ぼっちじゃない。君も一人ぼっちじゃないんだ。さぁ、出てきて」

「キュ?」

「頑張れ、もうちょっとだよ」

「キュルルー!」


 とてもとても小さな竜。お母さんと同じ、白い竜。

 産まれたばかりでお母さんを亡くしてしまった竜。

 ゆっくりと近づき、抱き締める。

 

「ごめんよ。お母さん、助けられなかった。ごめんよ、ごめんよ……僕がもっと勉強してれば。僕がもっと大人だったら、助ける方法あったかもしれないのに。今の僕は……無知で、無力なんだ。だから僕は、君を育てるから。ごめんよ。ごめんよ……」

「キュルル?」


 この子は状況が全然分かっていないようだった。

 そして、俺を親だと思ってくれているのかもしれない。

 今は少しだけ、こうさせていて欲しい。

 助かった喜びと、助けられなかった悲しみが交差する。

 ――でも、こうしてじっとしてるだけじゃだめだ。

 ここがどこかも分からない。

 それに母竜は大きな音を立てて壁に激突し、穴が開いている。

 そのお陰で、このまま埋めてあげれば、ここに竜が眠っていることは分からないはず。

 子竜を連れて急ぎ外に出ると、直ぐに開いた穴を埋めることにした。

 

「どうか、お母さん竜が安らかに眠れますように。どうか誰にも荒らされたりしませんように……」


 手を合わせて祈りを込める。

 その場にある土や石などで、ぽっかり空いた穴部分を塞いでいく。

 ……表面だけだけど、穴を塞ぎ終わった。

 近くにいて離れない子竜を抱っこする。

 さすがというか竜なだけあって、小さいのに結構重い。

 まずは食糧と寝床を確保しないと。

 ここは雪深い地域とは全然違う場所だ。

 随分遠くまで来てしまったのかもしれない。

 どうやって家まで戻ればいいんだろう。

 きっと今頃、母さんも、トーナもエーテも心配しているはず。

 でも今は、生き抜くことを第一に考えよう。

 僕には……守らないといけない存在がいるのだから。

 そうだ! まずはこの子に名前を付けてあげないと。

 何がいいかな。


「キュルルー」

「うん。やっぱキュルルだね。こういう時は鳴き声が一番って言うし。今日からお前の名前はキュルルだよ」

「キュルルー?」

「そう。キュルル。先に寝床を確保しよう。襲われたら大変だし……お母さん竜の少し離れた場所に空洞がある。そこへ行ってみよう」

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