第1話 三歳の自分
――月日は流れ、産まれ変わってから三歳になった。
俺は間違いなく死んだ。
嘘のような話だが、死んで転生してしまったようだ。
家族が話している聞いたことも無いような言葉は、一歳頃までに直ぐ覚えてしまった。
一歳にしてペラペラと喋るから、天才だと思われたかもしれない。
元々難解な言語を話す国に生まれ育った身としては、随分と単純な言葉だ。
伝わりにくい分は表情などで補う。
海外の人はみんなこうしてコミュニケーションを取っていたんだ。
日本人は言語で複雑に表現出来るから表情が乏しかったと、生まれ変わって気付かされた。
「そうは思わないかい? アルジャンヌ」
「クアー」
「お前の言葉は何歳になってもきっと理解出来ないや」
アルジャンヌは俺がここへ生まれて一年のお祝いでやってきた鳥だ。
今じゃ俺より大きい背丈。この国には随分と大きい鳥がいたものだ。
場所はずっと北の方だろうか?
文明的なものもあまり見かけないし、外はいつも雪景色。
時折変なうねり声まで聞こえてくる。
窓から少しだけ見える大きな山の中に、変なオオカミでも住んでいるのかな。
ここで獣医をやったら結構利用してくれる人が多いんじゃないか?
でも、俺は前世で学校に入学しただけで、獣医として実践的なことは何も行えてないんだった。
もっと勉強しないと。
田舎なのかネットもスマホもパソコンも見ていない。
……そうだ! この家に本くらいはあるだろう。
まともに動けるようになったし、歩き回ったり、聞いてみたりしよう。
子供用のベッドから出て、トタトタと走る。
そうそう。父の名前はオズワット・ブランザス。母の名前はカティーナ・ブランザスという。
そして俺の名前はファーヴィル・ブランザス。ファウと家族には呼ばれている。
この家には俺と父、母、そしてペットのアルジャンヌだけ。
外へ出たことは一度も無い。過保護なのか、外へは出してくれないのだ。
ここは雪国らしく、雪が降り積もっていて危ないというのもあるのだろう。
この年齢まではなかなか動けず、言葉を覚えるのが精々だった。
だが、動き回らないと体は頑丈にならないし、成長しないのもよく知っている。
なので、子供らしく元気に走り回る。
おかげで体力はこの年齢にしてはある方だろう。
今自分のいる部屋は二階。といっても父、母の寝室と同じだ。
最初は父のいびきがうるさくて眠れなかったが、二人目を作るような行為はしていない。
それどころか、出稼ぎに行く機会が増えた父はたまにしか帰って来なくなった。
貧しい家というわけではないが、裕福な家というわけでもない。
雪深い地域は生きていくだけでも大変だという。
温かい気候の日本とは違うのだろう。ここは一年中雪で埋もれているのだ。
――階段を下りて食事処に向かうと、母は料理をしていた。
こちらに気付いて優しく微笑んでくれる。
「ファウ。もう下りてきたの? ご飯はまだよ。もう少し待っててね。いつものようにお掃除してくれると嬉しいな」
「分かった。やってくる! ねえお母さん。掃除を手伝ったら本が読みたい」
「本? うちにはあなたが喜びそうな読んで聞かせる子供向けの本は無いわ……ごめんね。買ってあげたいんだけど、本は高くて」
「そうなの? どんな本があるの?」
「家にあるのは戦い方の本くらいしかないわ。あなたが読むには早すぎるし……」
「戦い方の本!? 読んでみたい! 直ぐに掃除を終わらせるね」
わくわくするような話を聞いた。戦い方の本?
生前では読むことが出来ないような本だ。
狩猟を行っているのだろうか?
竜が格好良く戦うようなシーンなんかが描かれているのだろうか?
それとも銃の扱い方?
いずれにしても早く読んでみたい。
こういう心躍ってしまうところは、子供になったからというのもあるのだろうか。
――雑巾で急ぎそこら中を掃除する。
見たこともない虫も出てくるから、注意が必要だ。
あらかた掃除を終えると、冷たい水で雑巾を絞り、丁寧に干しておいた。
「お母さん。終わったよ。本はどこ? ……これが本?」
「ええ。出しておいてあげたわ。でもその前に、ご飯を食べましょうね。あなたはまだ三つなのよ? ちゃんと食べて大きくならないと」
「うん。わかった。いただ……じゃなかった。天と地を育む大いなるラギ・アルデ。実りある食事の提供に感謝を込め、祈りを捧げます」
「……本当に物覚えがいいわね。ちゃんと祈りの言葉まで覚えて。お母さんだって五つまでは覚えられなかったわ」
「えへへ。お母さんの料理が美味しいからかな」
どうもこの地域には宗教でもあるのか、いただきまーす! と簡単な食べる言葉ではなく、祈りの言葉が用いられている。
覚えるのはさほど難しくはないが、日本は簡単で良かったなと思う。
生きるために食べる。その感謝の気持ちを込めることは一緒だけど。
ラギ・アルデって神様の名前なのかな?
生前の母が作ってくれた食事も、美味しかったな……。
この食事と同じように、温かくて、味がしみていて。
俺の食べる様子をじーっと見て、ふぅとため息をもらす母。
何か悩みごとだろうか?
最近は顔色があまり優れない。
「お母さん、何か心配事でもあるの?」
「……ううん。ファウに話してもしょうがないもの。私たちが頑張るしかないのよ」
「でも、僕にも話せば楽になるかもしれないよ?」
「あなたに
この国の料理は穀物を焼き固めたガッシュという、パンを三倍程硬くしたものをスープにつけて食べるのが主流だ。
味付けは謎のスパイスが効いていて、とても良い。
香りだけじゃなく万人受けする刺激的な味だ。
しかし、まだまだ乳歯の俺にはひたひたにガッシュをスープに浸さないとなかなか食べれない。
あまりにも前世と違う食事傾向だから、この国の名前などを聞いてみたがさっぱり分からなかった。
ここはオードレートという国。それ以外のことは不明だ。
もう少し世界史の勉強をやっておくべきだったのかな。
「竜と人を育む大気の神、ラル・ゾナス。ラギ・アルデより賜りし力を我に与えたまえ」
「食後の祈りも完璧ね。我が子ながら感心しちゃうわ。うふふっ」
俺は食後の祈りが好きだった。竜という言葉。
これだけで心躍るからだ。
「それじゃ、本を読んでもいい?」
「ええ。片づけをしたら私が読んであげる。あなた、まだ字は読めないでしょう?」
「そっか。そうだった。でも直ぐ覚えられる……かな?」
「それはどうかしらね。言葉と違って文字はとっても難しいのよ? それじゃ少し待っていてね」
「うん!」
今となってはあまり覚えていないが、前世で子供の頃文字に触れたことを思い出す。
それは生物が持つ好奇心を最大限にくすぐられるものなのだろう。
そして今。本を読むのが楽しみで、椅子に座りながら足をバタバタさせていたらひっくり返りそうになってしまった。
危ない危ない。これで怪我をしてお預けになったら、悔やんでも悔やみきれない。
「ファウったら。おとなしく待ってなさいね」
「はーい」
片付けをする母を大人しく待つことにした。
早く読みたいなぁ……。
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