ドラゴンスレイヤー

兄は臆病者のそしりを受けた。


逃げたのだと。

龍の前にひれ伏し、恐れをなしたのだ。

尻尾を巻いて逃げ帰ったのだ。


兄は旅から帰って来たとき、見違えるほどしおれて見えた。

これがあの、熊よりも堂々と勇ましかった兄か?

俺はおかえりの声がのどで詰まったのを覚えている。

帰りを待ちわび、戦果を知りたくて、聞きたくて、飛びつくように迎えたのに。


以来、兄はすっかり牙を抜かれていた。


俺にはそう見えた。


刀から鍬に持ち物を変えて、黙々と日々畑を耕す。

化け物退治の依頼が来ても、首を振り、出掛けるのはしがない畑だった。

モンスターとは向き合わず、土と向き合う。

刀を振らず、鍬を振る。


笑うことのない兄だったが、帰ってきてからは違った。

穏やかな微笑を常にたたえていた。

悟りを開き達観たっかんしたようだと、古老がいった。


父母はその姿をこそ喜んだが、俺は不満だった。


災厄は来なかった。


龍の年の一年間。

世は平穏だった。

田畑には実りが、森には豊穣が。

女神の祝福を受けたようだった。


兄は龍を斬ったのか?

だから平穏が訪れたのか?


兄は首を振った。

そしてまた、今日も畑に向かう。


旅の人がいった。


龍を見たと。


震えながら、その恐ろしさを吹聴ふいちょうした。


人々は恐れおののき、そのおびえのまま、兄をののしった。


兄に助けられてきたことなど忘れたように。


だが、一年、無事に過ぎたのだ。


兄はずっと、なぎの海のように微笑んだままだった。

木を優しく撫で、森をいつくしんだ。

雨をよろこび、水の流れに感謝を込めた。

大地の恵みを受け、神に祈りをささげた。


人々は理解出来なかった。


当然、俺も。


いったい、兄に何があったのだ?

何をして、こうならしめた?


月日が過ぎ、兄は病に倒れた。


人々は陰に日向に、隠しもせずにいう。


「龍の呪いを受けたのだ」


見てもいないことをさも見てきたように。


俺は我慢ならなかった。


家を飛び出し、兄も師事した剣の達人のもとへと走った。


兄の仇を討つ!


マグマのように燃えたぎる心の中にはそれしかなかった。


兄は天の旅路へと向かった。

何も語らないまま。

葬列を、俺は歯を食いしばってにらみつけていた。

雨のなかだった。

土砂降りの雨が俺の怒りを隠した。

だが、俺の心に宿った炎は消せなかったのだ。


村人たちは、翌日にはもうすっかり兄のことは忘れたようだった。

訪れもしなかった龍の災厄さいやくなど遠い昔ばなし。

兄のことも。

龍のことも。

タブーのように、誰も語らない。


悔しかった。


おまえたちの平穏は誰によってもたらされたと思っているんだ!


俺は家を、村を出た。


師匠の修行は苛烈かれつを極めた。

師匠もまた寡黙かもくな人で、いっさい俺のことは問わず。

門を叩いた瞬間から、血を吐くほどの修行は始まった。

俺の体は兄に比べれば小さい。

誰と比べても小さかっただろう。

それもまた俺の地獄の底からめ上げるような悔しさ、反骨心に火をつけるものだった。


三年。


俺は毎日、毎日、刀を振り続けた。

俺の体は鋼よりも硬く、鞭よりもしなやかに。

ひょうよりも速く走り、虎よりも勇敢で、鷲のように獲物を逃がさない。

兄にも劣らないと自負するようになっていた。


何よりもただ、龍を斬るため!

兄の無念を晴らすため!


旅立ちの朝、師匠から刀をたまわった。


龍の年だ。

十二年、また回ってきたのだ。


俺は行く。

たとえ帰りのない旅になったとしても。


違う!

きっと帰ってくる!


そうだ、弱気になどなってはいけない。

龍を斬り、高らかに宣言するのだ。

兄の仇を討ったと。

堂々名乗りを上げるために、必ず帰ってくるのだ!!


俺こそがドラゴンスレイヤーだ!

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