七海堂謹製『貴女の為の七色ハーブティー』

金星タヌキ

Prologue #Unison





 晩秋の夕暮れの街を 軽快に走る 原付スクーター。

 女性的な丸みを帯びたデザインが愛らしい。

 運転するのは 少し長身の女性。

 ベージュのハーフキャップのヘルメット。

 黒い大型ゴーグルと グルグル巻きにした 暗紅色の毛糸マフラーで 表情は窺えない。

 

 


 混み合った駅前通りを抜け 住宅街に入る。

 人通りのあまりない 生活道路を 3度ほど曲がり やがて 真新しいフラットタイプの集合住宅の前に停まる。

 女性は スクーターを降りると 指定の駐輪場にバイク押していき ヘルメットを脱ぎ 座席の下に収納する。


 ヘルメットの下から現れたのは 少しだけ脱色したちょっとクセのある黒髪。

 ボブとショートの中間ぐらい。

 後ろ髪だけ 少し伸ばして肩まである。

 

 切れ長の一重瞼。

 そして 印象的な黒く長い睫毛。

 年の頃は 20代半ばくらいだろうか…。



 女性は 二三度 手櫛で髪を整えると トートバッグを肩に掛ける。

 そしてフラットの階段を ゆっくり上がりはじめる。

 少し 左足を庇っているようにも見える。

 

 201とプレートに刻まれたドア。

 プレートの下の手作り風の表札には MIYAMURA のアルファベット。


 扉を開くと部屋からは暖かな灯りが洩れ 夕飯の食欲を誘う香りが漂う。



「亜樹 ただいま~」


「おかえり 瞳。お仕事 お疲れ様」



 中から迎え入れたのは 小柄で 細身の こちらも20代半ばの女性。

 肩までの栗色の髪を 後ろで無造作に一つ括りにしている。



「いい匂い。今日は 何?」


「白菜とサバ缶の煮付け。ゴメン 家で描いてたら 夢中になって 買い物 行くの 遅れちゃってさ…。今 作り始めたとこ。もうちょいかかる」


「ううん。ありがと。料理上手の旦那様で幸せ」



 瞳と呼ばれた女性は 黒のジャンパーとマフラーを丁寧にハンガーに吊り 2LDKの奥の部屋に消える。



「今日も 三原主任に 怒られて 疲れた~。部活の後輩だと思って 言い方キツいのよ。たまんないわ」



 奥の部屋から現れた瞳は 洗面所に向かいながら 亜樹と呼ばれた女性に話し掛ける。

 

 

「あー それ しんどいかも。でも 可愛いがってもらってるんでしょ?」


「まあね。可愛いがってもらってるちゃー 可愛いがってもらってるんだろうけど…」



 洗面所で 化粧を落としながら 瞳が答える。



「亜樹は 仕事 捗った?」


「まぁ ぼちぼちかな。午前は 全然 ダメだったけど 午後からは けっこう集中して描けた。ただ 明日は 出社して 打ち合わせと会議あるしな…。けっこうギリギリペースかも。こんなことなら 朝のうちに 買い物 行っとけば よかったって感じ。ゴメンね ご飯 遅くなって。……先に お風呂 済ませといてくれていいよ?」

  

「ん。了解~」



 しばらくすると 風呂場の引戸を開ける音。

 そして シャワーを使う水音が 聞こえ始める。


 ………。

 ……。

 …。


 


「……ごちそうさま。今日も美味しかった」


「お粗末様。いつも 瞳が 美味しそうにパクパク食べてくれるから 作り甲斐があるよ。でも ゴメン。さっきも 言ったかもだけど 明日は 会社行くし 晩御飯 お願い」



 瞳のものより どれも一回り小さな器に 盛り付けられた夕食を ゆっくりと食べながら 亜樹が言う。

 


「ん。わかってる 金曜日だもんね。何 作ろ? 亜樹みたいに凝ったもの作れないしな~」


「ボクのも お手抜き 時短料理ばっかだよ。瞳の料理 美味しいから ボク 好きだけどな。量 多すぎって思うことは あるけど……」


「……こないだのチャーハンは ゴメンってば。ちゃんと全部食べたじゃん」


「で 食べ過ぎたとか言って 土曜のジョギングの距離 増やしたじゃんか…。瞳は いいかも 知んないけど 付き合う ボクのことも 考えて欲しいんだけど……」



 亜樹は 小さくタメ息。



「あっ そうそう…。今日さ 稲荷町に 外商に出たんだけど……」



 瞳は 新婚の夫の愚痴から 話題を逸らそうと トートバッグを漁り 小さな紙袋を取り出す。



「何 コレ?」


「七海さん お薦めのハーブティー。稲荷町でたまたま 七海堂の前 通ったの。そんで ちょっと時間あったし 顔 出したら 珍しく七海さんいてさ……」


「いくらしたの?」


「また 1500円。話してたら 例によって 七海さんのペースに巻き込まれちゃって。気がついたら 1500円 払うハメに」


 

 亜樹は 馴染みのマイペースな店主の顔を思い出し そりゃ 仕方ないというように 小さく首を振る。

  もし 自分が同じ立場だったとしても きっと1500円払うハメになっただろう……。

  紙袋を開け 中のハーブティーのパッケージを取り出し 手書きの効能書きに 目を通す。



「で 今回は どんな効能? ………『Eternal Champions』? コレってお茶の名前として どーなんだ? 『多元世界に在る 貴女の記憶を 呼び覚ます 本物の魔法の紅茶』?」



 効能書きから 目を上げた 20代の女盛りの美しさと 少女の愛らしさを併せ持つ亜樹の美貌には 眉間にシワが寄り 片頬の引き吊った 奇妙な表情が 浮かんでいる。



「……いつもに増して 怪しい感じじゃん?」


「……だよね。話し始めてすぐにさ 結婚指輪に 気づかれて 亜樹と結婚した話になったのよ。で 話の流れで 亜樹の中身が 実は 男でって話になっちゃってさ。そしたら例によって 急に裏に引っ込んだかと思うと このお茶持ってきてくれたの。『これ 飲んだら 絶対 幸せになれるから。騙されたと思って飲んでみて~?』って 言われたんだけど……」



 そんなことを 話すうちに 亜樹も食事を終える。



「まぁ せっかく 買ったんだし 飲んでみようよ。ちょっと待ってて。食器 下げたら お茶の用意するから……」



 そう言いながら 亜樹は立ち上がると 食器を 洗い場に下げ テーブルをサッと拭くと 食器棚から ティーセットを取り出す。

 これまた 七海堂で学生時代に1500円で買わされたモノ。

 ナンでも『茶葉の持つ力を 最大限に引き出す逸品』らしい……。



「うわぁ これ ティーバッグ7つしか入ってないよ? しかも 1個1個 タグの色が違う……。味も違うのかな? 白 赤 橙 黄 緑 青 黒の七色。何色から 飲みたい?」



 

 ぶつくさ言いながらも ポットに ティーバッグを入れると しばらく待ち カップに お茶を淹れる。



「ん。いい香り…。芳ばし系かな?」



 瞳が カップを持ち上げ 香りを嗅ぐ。



「そう? ボクは けっこう甘い香りだと思うけど…。バニラっぽくない?」



 こちらは カップとティーソーサーを持って 香りを楽しんでいる。


 

 食後のお茶タイム。

 2人の間を ゆったりとした 穏やかな時間が流れる。



「うん。美味しかった…。買ってきてくれて ありがと」


「ん。なんか 懐かしい気持ちになった。今度 桜橋 帰ったら 七海堂 行きたい。しばらく 行ってないしさ」


「あー いいかも」


「……洗い物しとくし お風呂行ってきたら?」


「うん。ありがと」



 ………。

 ……。

 …。



 

 夜更け。

 ベッドルームから2人の睦言が聞こえる。



「……お疲れ」


「あれ?…… 起きててくれたの?」


「ん。動画 見てた。キスしてから 寝たかったし…」



 ベッドに身体をさし入れ 抱き合い 唇を合わせる。

 


「……ん」


「好き」



 ベッドの中で 更にモゾモゾとした動き。

 


「ダ~メ。明日 お互い 仕事でしょ。明日 金曜日だし ゆっくりイチャイチャしよ?」


「……うん。……じゃあ もう一回 キス」


 

 ……んん チュッ


 

「ありがとね。……おやすみ」


「ん。おやすみ……」


 

 ………。

 ……。

 …。 

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