35話 クローゼー家に産まれた者としての罪
一行は全ての後処理を終え、天幕の中で休息を取る。
全員が心地良い疲労に包まれているのは、最良の結果を得られたからだろう。
計画は予定通りに進んだ。いや、予定よりも遥かに良かったと言える。
それは全て、浅はかなルウとエンギーユのお陰なのだが、良い方向に働いたのであれば文句もない。
クルトは差し入れられた酒を一口飲み、満足げに頷く。里では長の立場もあり嗜む程度であったが、これからは外の酒を楽しむこともできるだろう。
静かに、クルトは聞く。
「それで? これからどうする」
「ただ待つのみだ」
「何を?」
「直に分かる」
ローランの返答は曖昧なものであったが、それ以上は追及しない。分かるというのであれば待てばいい。エルフであるクルトにとって、1年待ったとしても大した問題ではなかった。
そんなどこか渋さを感じさせるやり取りをしている2人を見て、アリーヌとマーシーは声を上げた。
「16歳なのに落ち着きすぎじゃない!? わたしたち勝ったんだよ? もっと喜ぶところでしょうが!」
「うんうん、アリーヌさんの言う通りだね。やったー! ボクたち勝ったぞー!」
「あぁ、皆のお陰だ」
淡々と答えられれば、テンションを上げ続けるのも難しい。2人は口を尖らせた。
ローランたちの働きは大きい。だが、広い戦場の中では小さくもある。
実際、宿営地での話題は、主戦場で行われていた戦闘で、六魔将の1人を撃退したという話が主であり、誰もローランたちの活躍を口にしてはいなかった。
しかし、ローランはそれで良いと思っていた。今回の戦いは因縁に蹴りをつけるためのもの。勇者の替え玉としてでもなく、誰かに認められるためのものでもない。
だから、今の彼は満たされていた。
天幕の周囲が騒々しくなる。マーシーは物見遊山に顔を覗かせたが、人だかりでなにも分からないらしく困惑していた。
少し待てば、天幕の中へ人が入って来た。
数人の先頭に立つは、金色の髪、青い瞳、素朴な顔立ち、胸に聖痕、腰元には聖剣を携えている。
それは六魔将を撃退した後、急ぎこの場へ赴いた神に選ばれし奇跡。勇者エリオットだった。
ローランはその時が来たと、偽の聖剣を抜き、深く目を瞑り、両膝を着いた状態で差し出す。
何も告げないのは覚悟の現れだ。全ての罪を受け入れると、その姿勢でローランは示していた。
まるで首を差し出しているようなローランに、同行していたパラネスが口を開こうとする。
だがそれを止め、エリオットはローランの前に膝を着き、その剣を僅かに押し返した。
「はじめまして、エリオット・ローランと申します。まずは感謝を告げさせてください。ありがとうございます、ローラン・ル・クローゼー様」
さらに深く、ローランは頭を下げる。しかし、決して剣は戻さない。
彼が何を望んでいるのか。それをよく理解していたエリオットは、困った顔で告げる。
「あなたが罪に問われることはありません。微力ながら王へお願いさせていただいたのですが、その必要すらありませんでした。ローラン様には多数の味方がおり、あなたを救うために奔走していましたよ」
クローゼー家の罪を、ローラン・ル・クローゼーは贖わなくて良い。
そう告げたエリオットの後ろで、拘束され連れて来られたルウは暗い顔を見せる。こいつも同じ家の者だ。道連れにしてやりたい。そんな気持ちが、ルウにはまだあった。
目を瞑っているローランは弟が居ることにも気づかぬまま、顔を上げるような素振りも見せず、ただ告げた。
「助命を嘆願いたします」
「……ご家族のでしょうか」
難しい願いを受け、エリオットはパラネスを見る。
しかし、その顔も難しく、弱弱しく首を横に振っていた。
ローランは目を瞑ったまま、さらに言葉を続ける。
「私が助命を望むのは、私より歳が下の者と、此度の件に関与していなかった者たちです」
一族郎党だけではなく、仕えていた者たちも罰せられる。
本来はそのはずだったが、ローランは無関係であった者たちを少しでも救いたいと思っていた。
その言葉へ笑顔を見せながら、エリオットが答える。
「ルウ・ル・クローゼーを救いたいのですね」
「両親などの、歳を経た者たちには考える力があります。流されたなどと言い訳をするのも見苦しいことです。しかし、弟や、それより下の縁者たちはどうでしょうか。一生を牢で過ごすにしても、厳しい環境で働かされるにしても。死なずに済ませてやりたいと思っています」
「兄上……」
ルウはこのとき、ようやく自分がどれだけ愚かであったかを理解した。
そしてローランに、「やり直せ」と言われたことの意味も。
最初から救いたいと考えていたのだ。そうでなければ、あそこで殺していたはずだ。
道連れにしたいなどと思った自分を恥じ、ルウは崩れ落ちる。初めてルウは、自分の罪と向き合うことができていた。
「パラネス様」
エリオットに懇願するような目を向けられ、パラネスは顔へさらに皺を寄せる。
しかし、深く息を吐き、こう答えた。
「お約束はできませんが尽力いたします」
「十分です。エリオット様とパラネス様に感謝を」
ローランは言い終わると同時に服を脱ぎ、上半身を晒す。
誰もが不思議に思っている中、ローランは首を前に出した。
「いつでも」
ローランが助命を嘆願した中に自分は勘定されていない。あくまで、自分より歳が下の者たちの助命を願い出たのだ。
家族を諦めていた。しかし、変えられたかもしれない。それを考えるだけの力もあり、歳も重ねていた。
クルトの時とは違う。自分には罪がある。
それが、ローランの見解だった。
ローランの手は震えている。死にたくなどは無い。ようやく人生が楽しくなってきたのだ。生きたいに決まっている。
ポツリと、クルトが言った。
「別に1人くらい行方が分からなくなっても良かろう」
殺すのであれば止める。それがクルトの意思らしい。いつでも構わないと、その目は語っていた。
剣に触れていたアリーヌは、これは違うと思い直し、ローランの横で膝を着いた。
「どうか、お願いします」
場は静寂に包まれる。
ここまでエリオットたちがなにも答えなかったのは、この展開に唖然としていたからだ。
ローランの罪は許された。その願いにも尽力すると約束した。
全ては解決したと思っていたのに、まさかその高潔さから自分の首を差し出すとは思ってもいなかったのだ。
ようやく事態を理解したエリオットは、慌てながらローランへ言う。
「やめてください。首は必要ありません。この件については全て終わったんです」
「しかし、それでは……」
「納得します。いえ、納得させます! 僕を信じてください!」
真の勇者であるエリオットがここまで言うのだ。本当に大丈夫なのだと、ローランも理解する。
安心から疲れが押し寄せたのだろう。ローランは、両手両足を着いたまま立ち上がれずにいた。
エリオットとアリーヌの手を借り、ローランはようやく立ち上がる。
そして、あることに気づく。仲間の1人がずっと静かだったことに。
「エリオット様にもう1つお願いをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「この際です、なんでも言ってください」
ローランは一点を指さす。先には、妹のラフマへ馬乗りにされ、殴られ続けているマーシーの姿があった。
「止めてもらえませんか?」
他にも問題が起きていたことを知り、エリオットは急いでラフマを止めに行くのだった。
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