第三章 エルフの里
15話 見習うべき柔軟な思考
マーシーを仲間に引き入れて数ヶ月。
2人は東へ東へと、風の国ユーピターを目指していた。
道中、いくつかの街を訪れれば、そこで冒険者としての活動を行っている。地道な努力もあり等級は六等級から五等級へ昇級していた。
しかし、普通の冒険者に比べ、2人は昇級まで長い時間を有した。その理由は、依頼を選んでいたからに他ならない。
2人が選ぶべき依頼は、2人の意思に関係なく、最初から決まっている。
――引き受けたいと思う者がいない依頼だ。
勇者として活動する以上、誰もが引き受ける、やりたいと思える依頼を受けても意味はない。それは、汚れや臭いがひどく割に合わないものであり。幼い子供が涙を流しながら僅かな金銭を手に助けを求めてくるようなものばかりだった。
しかし、そんな依頼をこなす内に、本当に少しずつだが「ローラン」という名前は広まっていく。いずれは、勇者としてその名を馳せることになるだろう。
そういった狙いの元に依頼を受けていたのだが、今回見つけた依頼は少し毛色が違った。
「エルフからの依頼だって」
エルフとは、どの大陸にも存在する種族だ。世界に数本しか存在しない、世界樹と呼ばれる大樹を中心に生活範囲を広げる彼らは、人とは少し違う考え方を持つ。
人が神と呼称しているものを、彼らは精霊と呼称している。些細な呼び方の違いにしか感じられないが、その差は互いにとって小さくも深い溝となっていた。
古くには対立していたが、魔王が出現し、勇者と協力したことによって態度は軟化している。
それなりに友好的。それが、人とエルフの現在の関係性だ。
事情を理解した上で、マーシーはどうするかを口に出して聞いていた。
依頼の内容は、エルフの里周辺に出没している魔獣の討伐。
面倒ごとになる可能性があるので関わりたくない。そもそもエルフならば魔獣を独力で討伐できる。そういった不信感から、誰もが触れない依頼となってしまっていた。
ローランが考えるべきことは1つ。勇者ならば受けるのかどうかである。
ならば答えは決まっているようなもので、ローランは躊躇わず受けることを決めた。
翌朝、エルフの里エドゥーラを目指すことを決め、その日は宿を取ることにする。
狭い部屋に粗末なベッドが1つ。
協力者に言えば金は出してもらえ、街で一番の宿に泊まることもできる。だが、2人は自分たちの稼いだ金だけで生活をやりくりすることを決めていた。
ベッドに倒れ込んだマーシーは、足をブラブラと遊ばせながら話し始める。
「エルフは人よりも優れた魔法を使えるんでしょ? 本当に困ってるなら、魔獣なんて森ごと燃やしちゃえばいいし、なにか裏があると思うけどなー」
元聖女とは思えない過激な発言に、すでに慣れているのか、平然とした様子でローランは答える。
「そうだとしても、勇者ならば疑う前に手を差し伸べるべきだろう」
マーシーは「めんどくさー!」と愚痴っているが、どちらかと言えばローランも本心では同じ意見だ。この依頼は面倒だと思っている。
本心を隠しながら、ローランは有能な若手人材の一覧を捲った。エドゥーラに居る人材を調べるためだ。
1人、記載があった。
エルフの長の妹であり、人との関係性をより良くしたいと考えている都合の良い人物だ。
しかし、その人物の名前に、ローランは横線を引く。
勇者の替え玉である自分よりも、真の勇者に相応しい人物だと考えてのことだ。きっと真の勇者ならば、彼女の力となり、問題事態を解決してくれるだろう。
ただ依頼を達成し、人とエルフの関係性を少しだけ良くしよう。
方針を決めたローランは、足を元気よく動かしているマーシーへ問いかける。
「そういえば、君は体力があるな。あの仕事をしている者は、か弱い印象があったんだがな」
「毎日立ち続けて、毎日話を聞き続けて、毎日物を運び続けて、毎日移動し続けるんだよ? あれ《聖女》は肉体労働だからね」
当事者に言われれば、なるほどと納得せざるを得ない。実際と印象が違う仕事などは多くあり、聖女もそういったものの1つらしい。
それは冒険者も同じだった。華やかな冒険譚などは僅かな一面であり、泥臭く、鈍い体を引きずるような時間の方が多い。特に大半は移動時間であった。
眠気に堪えながらマーシーは欠伸混じりに言う。
「勇者らしくするのはいいんだけどさ。あまり考えすぎないほうがいいと思うけどね」
「しかし、
「そうかな? おにいさんはおにいさんらしく、人を助けるだけでいいと思うよ」
どこか固く、妙なこだわりを持つローランに比べ、マーシーは柔軟な思考をしている。
その考え方には学ぶべきところが多く、ローランも頷いた。
「確かにそうかもしれないな。勇者ならば、思うがままに助ければいいのかもしれない」
「じゃあ、今回の依頼はそうしようよ。エルフは魔獣がいなくなって嬉しい。ボクたちはお金がもらえて嬉しい。みんな助かって最高じゃん。はい、決定!」
勝手に決めてしまったマーシーは、恩人であり兄のような存在がなにやら難しい顔をしていることに気づき、慌て始めた。
「ご、ごめんね、おにいさん。ちょっと口を出しすぎちゃったかも」
しかし、ローランは別に機嫌を悪くしたわけではなく、目を瞬かせた。
「マーシーの考えは正しい。参考にすべきだと思っていただけだ」
これまでにもローランは、考えすぎてしまい、似たような失敗を何度かしている。
それに対しマーシーは口を挟むことはなかったが、疲れが蓄積していたこともあり、つい口に出してしまった形だった。
いまだ恐縮しているマーシーに、ローランはふと笑みを浮かべる。
「俺は、どうにも融通が利かないところがある。君が一緒で良かったよ」
この数ヶ月で初めて見せた自然な笑顔に、マーシーは目をパチクリとさせた。だが心を許し始めてくれていることを理解し、鼻を擦る。
「へへっ。おにいさんって、作り笑い以外もできるんじゃん」
言われた瞬間、ローランの笑みは消える。
「揉め事を避けるためにも、あまり感情を表に出さないようにしていたからな」
「怒ったりとかしないの?」
「……ここ最近で顔に出してしまったことは1度だけのはずだ」
少し不機嫌そうな口調すら珍しいことなのだが、本人はそのことに気づいてすらいない。
この場で唯一それに気づいているマーシーはクスリと笑った。
「その人は、おにいさんにとって特別な相手なんだね」
「いや、どちらかと言えば嫌いな相手だ」
「まぁ、そういうもんだよねー。おやすみー」
眠気が限界に達したのだろう。マーシーは眠りにつく。
その寝息を聞きながら、ローランは彼女の行動を思い出す。
この時間ならば、寝る前に剣を振っているころだろう。騎士を目指す志に一切の曇りはなく、迷いもせずに突き進んでいるはずだ、と。
ローランは自身の眠気に気づき、マーシーの隣へ入り込む。
まさか彼女が自分を追いかけて来ているなどとは、少しも思わないまま眠りについた。
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