次期勇者として育ててくれた家から絶縁されたのですが、勇者の替え玉として生きることにしました
黒井へいほ
プロローグ
1話 先の見えた人生
ローラン・ル・クローゼーは、水の大国メルクーア王国にある子爵家の嫡子として産まれた。
貴族らしい金色の髪に碧眼は、物語の挿絵に描かれている勇者の自画像と瓜2つの姿。整った顔立ち。大抵のことは少し学べばそれなりにできるようになる器用さ。空気を読む力にも長けており、他よりも優れた才能を秘めているように見えた。
将来を期待できるローランを見て、父親は嬉しそうな顔で言う。
「ローランこそが次期勇者である!」
家族は歪な笑みを浮かべていたが、当の本人であるローランは胸中にある冷めた心情を、作り笑いで隠していた。
息子が勇者となり世界を救えば、クローゼー家は王位にも手が届くかもしれない。そんな夢物語を真剣に話し合っている家族の姿は滑稽だった。
すぐに歳の近い侯爵家の娘とローランの間で婚約が結ばれた。
普通ならばうまくいくはずのない婚約。相手にどんな意図があったのかは分からないが、未来を見越しての投資だろうか。しかし、政略結婚の相手としては最良だった。
ローランは、それなりに剣を振り、それなりに魔法を学び、それなりに勉学を修めた。
道はすでに用意されてしまっている。勇者となることだけが望まれている。
齢十歳にして、ローランの人生は決められており、最終目標も定められていた。
地位も実力も才能も少しだけあってしまったために、先を決められてしまった人生。
自分にそんな実力が無いことを、ローランだけは気づいている。だが、それを口に出したりはしない。彼は年齢よりも聡く、今の状況を受け入れるしかないと知っていた。
ローランは作り笑いと共に日々を送る。彼が自分の人生を面白いと思うことは無かった。
五年が経つ。十五歳となったローランは、親が望んだとおりに、メルクーア王立騎士学院の入学試験に合格した。
金色の髪、蒼い瞳、スラリと伸びた体。誰もが彼に憧れの眼差しを向ける。
そのことを理解しているローランは、いつも笑顔を作っていた。無能な父親を見て学んだことは、敵を増やすべきではないということ。彼は誰にでも分け隔てなく接した。
だから、ローランは人気がある。爵位のある者たちからは平民にも慈悲深い人物だと言われ、平民たちからは公明正大な貴族だと好かれている。
例え心中では平民を見下していようとも、それを表に出さない強かさ《したたかさ》が、ローランにはあった。
入学式の当日。
合格者たちは従者を連れて入学することが許されておらず、自分で列に並び、制服や備品を受け取り、入寮しなければならない。それを不服に思っている貴族たちは多く、手続きを待つ者たちの空気は非常に悪い。
大人しく並んでいる者の中でも、特に平民出身の入学者たちは小さくなっている者が多い。自分たちがどういう目で見られているかを、彼らはよく理解していた。
王立騎士学院の門戸は広い。ただし、裏金で入学する者も多い。
結局のところ世の中は金であり、高い受験料と難関と呼ばれるほどの試験を潜り抜け、入学できる平民は少ない。
つまり、ここでも平民は貴族に蔑ろにされているのだ。才能ある者は誰でも受け入れると言いながら、この学院も社会の縮図に他ならなかった。
もう少しでローランの順番というところで、少し前にある受付で言い争いが始まる。
取り囲まれているのは、日を受けると燃えて見える赤茶の髪をした、決して身ぎれいとは言えない格好の少女。
言いがかりをつけているのは、平民を見下している典型的な貴族の子息たちだ。
「分不相応だ」「汚い服装」「身の程を知れ」「今すぐ辞めろ」。
好き放題言う彼らを、少女はなにも言い返さずに真っ直ぐな目で見ている。芯の強さが伺えた。
ローランは列を押しのけて前に出ると、少女を守るように立った。守りたかったわけではない。そうすれば評価が上がると理解しての行動だ。
ローランは彼らに言う。
「彼女は合格者だ。そのような物言いをすべきではない」
何人かは苛立った様子を見せたが、その内の1人が気づき、小声で言った。
「ローラン・ル・クローゼーだ。やめておこうぜ」
彼らは貴族だ。ローランに負けぬ爵位を持つ家の子息もいる。
しかし、実力と人気ではローランに劣っており、分が悪いことを理解していた。
気分を悪そうにしながら、彼らはその場を後にする。退いてやった、負けたわけではないと、悪態を吐きながら。
ローランはその姿が見えなくなった後、少女に申し訳なさそうな笑顔を作って言った。
「彼らに変わって謝ろう。どうか気を悪くしないでもらいたい」
少女は大丈夫よと朗らかに笑う。その目には僅かに熱が籠っている。
ローランはそれに気づかず、列へと戻って行った。
この先も、少女や平民にはあぁいった事態が付きまとう。
学院内に蔓延るのは横領、不正、権力争いなど。誰もが憧れる騎士を目指している者は、その中で生き延びられる強さを持っていない。
だからこの真っ直ぐな目をした少女も、いずれは腐敗した騎士の現状を理解し、学院を辞めていくだろうと、ローランは静かに思っていた。
翌日。
指定された教室に入ったローランは、窓側の最後尾へ腰を下ろす。
彼にとって、学院で学ぶべきことはほとんどない。すでに修了した過程を、もう1度繰り返し学び、騎士となるために無駄な時間を過ごすのが、ローランにとっての学院生活だ。
名の知れているローランとお近づきになりたい。そう考えた新入生たちが動き出すのよりも早く、1人の女子生徒が隣の席へ座った。
ローランが笑顔を作ると、少女は満面の笑みで、なぜか筆記用具を見せつけながら話し始めた。
「アリーヌ・アルヌールです。わたしのこと分かる? 助けてくれてありがとねっ」
特徴的な赤茶の髪で、列で絡まれていた少女だとすぐに分かったのだろう。ローランは小さく頷く。
「ローラン・ル・クローゼーだ。大したことはしていないさ。これからよろしく頼む」
アリーヌは不思議そうに眼を瞬かせたが、見せつけていた筆記用具を机に置き、笑顔で言った。
「よろしくね、ローラン」
ローランはいきなり呼び捨てにされ少し驚いたが、距離感の近いアリーヌのことを咎めたりはしない。
どうせすぐいなくなる。その考えに変わりはなかった。
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