レベル・オブ・ザ・デッド~ウイルスに適合した主人公はゾンビになったヒロインやゾンビに襲われたヒロインを連れて生き永らえる~

三流木青二斎無一門

第1話

死体を喰らう屍が蠢く。

廊下には、嘗て生徒だった者たちで溢れていた。


「たすけッ」

「やめて、やめてやめッ」


救けを求める声も。

嘆きを訴える声も。

全ては平等に、生徒によって喰われていく。


白目を剥く瞳。

口を大きく開けて歯を動かす。

細い首筋、脂が乗った腹、柔らかな太腿。

飢えた餓鬼が手当たり次第喰らい尽すが如く。


学園では、悲鳴と咀嚼の音で満ちていた。

…数週間前に予兆はあった。

ニュース番組で放送された人を喰う人。

食人病と報道され、海外から流出したウイルスが原因だと。

政府は海外規制の判断が遅れ、食人病が国内へ蔓延。

致死率が九割を超える未知のウイルス。

対処法は脳を浸蝕するウイルスの巣窟を破壊する事だけ。

蔓延したと同時に、食人病に犯された患者を早急に処分すれば、爆発的に被害が広がる事も無かっただろう。

だが、死して、未だ動く死体を、人は人間として認識し、動くものを殺す事は非人道的だと反発的な声が挙がった。


全ての対処が遅れてしまった。

迅速な活動によって被害は最小限に収まる筈だったが、皮肉にも人間の手でその活動は遅延してしまった。

結果。

食人病は、世界を蝕む死の病として溢れかえる事となったのだ。


美月妃みつきッ」


名前を呼ぶ一人の男性。

銀髪に、体躯の大きい男性だ。


学生服を着ているが、肉体の大きさに相まって小さく見えた。

彼の名前は東條とうじょう要人かなめ


廊下を走りながら移動して、目の前のゾンビに向けて足を挙げて胴体を蹴り飛ばす。

東條要人の手には、一人の女子生徒の手を握り締めていた。


黒髪ですらりとした体型。

大和撫子を体現させた様な女性。

東條要人の義理の妹である、東條美月妃いこ

顔色が悪い彼女を連れて走るが、前方はゾンビに溢れ返っていた。


「クソ、ッ…こっちだ、美月妃ッ」


廊下を通過する事は諦める。

代わりに男子トイレへと逃げ込んだ。

個室の中へ入るとドアを施錠して、彼女を便器の上に座らせる。

苦しそうにしている彼女のシャツを捲り上げる。


「ッ…」


真っ白な肌に、赤い咬み痕。

紫色に変色した血管が浮き彫りになっている。

腐敗しているのだろう、その体。


嘆いている暇など無い。


「ッ、毒を吸いだすッ、我慢しろよッ!」


東條要人は有無を言わず咬み痕に口を近づける。


「やめてっ」


手で彼の頭を抑える東條美月妃。

だが、兄の力は強く、妹の力は衰弱していた。

咬み痕に口を近づけて力強く吸う。

口の中に鉄の味が広がった。

義理の妹の血は芳しく、飲み込んでも嫌悪等ない。

咬み痕の周辺の血を吸うと、口に貯め込むと共に床に吐き捨てた。


「要人も、ゾンビになったらどうするのッ」


涙目になりながら、東條美月妃は兄の心配をした。

だが、東條要人は気にする事などしない。


「お前が死んだら、俺はどうやって生きたら良い?」


この世で何よりも大切な家族。

血の繋がりが無くとも、東條要人には必要な存在だ。

彼女の為ならば、人を殺す事すら遣って退けるだろう。


「死ぬな、死ぬなよ、死なないでくれ」


咬み痕に口を付ける。

何度も何度も血を吸って吐き出す。

咥内に残る血の味が、口の中で慣れるまで繰り返す。

次第に息が荒くなる東條美月妃。


目が細くなる。

彼女の顔は、段々と蒼褪めていく。


「…要人、あのね」


手を伸ばす。

彼の銀髪に手を添える。

頭部を撫でながら、ゆっくりと顔を上げる東條要人。


「…私の事、好き?」


東條美月妃はそう聞いて来る。

彼は頷いた。


「俺の命、お前にあげたいくらいだ」


兄妹愛を抱く東條要人。

しかし、妹である彼女に抱く愛は兄とは違う。

唇に人差し指を添えて、今生の願いを口にする。


「じゃあ…キスして」


昔から、兄に対する心は兄妹の愛では無い。

人として男として、異性として美月妃慕を重ねていた彼女は、東條要人を美月妃愛対象として認識している。

彼女は、死の間際にこの美月妃慕を成就させたいと願っていた。


彼女の瞳、その色が次第に薄れていく。

もうじき死ぬのが分かっている。

今の彼にはどうする事も出来ない。

彼女の願いを適える他ない。


口の中に残る血の味と共に、自らの妹に口づけをする東條要人。

彼女の口の中から、唾液と共に血の味が流れ込んで来る。

自身の血液である事は分かっている。

だけど、それが初めてのキスと考えると、この味は死んでも忘れぬものとなった。


彼女の腕が、東條要人の首に回る。

口で触れて、冷たい唇が、ほんのりと熱を抱いた。

歯止めなど効く事は無い。

東條美月妃の願いは次第に深い欲望を望ませた。


スカートの奥に指を伸ばす。

薄い桜色の下着を、黒のストッキングと共に膝元まで下す。


「…これが最期なら、…して欲しいの」


未経験のまま、死にたくない、と言う考えでは無い。

どうせ死ぬのならば、愛した者と繋がったまま死にたいと願っている。


「もっと触って、愛して、終わりの時まで、要人を感じたいの」


彼女のお願いに、東條要人は泣いていた。

彼女がそれを望むのならば、最早、彼は何も言う事は無い。


「分かった…でも、死ぬ時は一緒、だからな?」


東條要人は首を彼女に見せる。

ゾンビの様に変わり果てる時は、兄妹一緒であると告げる。


「…うん、死んでも一緒だからね?要人」


口を開く。

彼女の八重歯が東條要人の首筋に建てられた。

二人は共に血を流して混ざり合う。

体内に流れる激情が循環していき、疲れ果てる程に愛し合う。

そして…。


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