第3話 宇宙ステーション「ネオアース」

レインボーシャトル3003便はネオアースに到着した。


体重が戻ってくるのを実感する。

ネオアースでの重力は回転することによる遠心力で作られている。

形状を簡単に言えば、「筒」シリンダーだ。

細長い筒がぐるぐる回り続けている。

筒の内側の壁が地球で言うところの地面となる。


到着はしたがすぐに立ち上がってはいけない。


「当機は、ネオアース第一宇宙港スペースポートに着陸しました。現在、3番スポットに向けて移動中です。当機は無重力状態での飛行を長時間行いました。ご搭乗の皆様の骨密度は低下しております。備え付けのカルシウムドリンクをお飲みになってください。ご気分が悪く、服用が難しい方は係員にお申し出ください」


座席ポケットから指示されたカルシウムドリンクを取り出し、蓋を開けて口をつける。


……苦みもあり、それでいて酸味もある。


骨がスカスカになるのは嫌なので、四の五の言わずに飲むことにした。

カルシウムは生物の生命活動や体の構成に必要不可欠な栄養素である。

カルシウムの味は「第六の味覚」と呼ばれている。

「甘み」「苦味」「酸味」「塩味」「うま味」が代表的な分類だが、あと一つある。

それは「カルシウム味」。

動物の舌はカルシウムの味を他の味と区別して認識できることが明らかになっている。

生命維持に必要な栄養素だからであろう。


ドリンクは飲み干したが、まだシャトルから降りることはできない。

体を重力に慣らさないといけない。

むくんでいた顔がだんだんと元に戻っていく。

お尻にはずしんと自分の体重が伝わっていく。

乗客のメディカルチェックが行われる。宇宙酔い程度ですんでよかった。

自力歩行でシャトルを降りることができそうだ。


俺はネオアースの地に降り立った。

俺のスローライフは、ここから始まる。


荷物を受け取った俺は、社宅に向かうことにした。

スペースポートから住宅街への移動手段は、磁気浮上真空鉄道Maglev Vacuum Trainだ。

地球の磁気浮上式鉄道は速度の限界がある。

速度を上げすぎると空気抵抗もそれに伴い大きくなり、高速化の妨げとなる。

電力を上げれば上げるほど車両の速度を上げること自体は可能だが、同時に空気抵抗も大きくなってしまう。電力を2倍にしても速度は2倍にはならない。

鉄道を高速化しようとするとコストパフォーマンスは悪くなってしまう。


高速で移動すると先頭車両が進行方向にある空気を圧縮するため、高熱が発生する。これを「空力加熱」という。

高速で進む乗り物の先頭部分は耐熱仕様にする必要があるのだ。

例えばマッハ3で飛ぶジェット機の場合、350℃の熱が発生する。

そういった理由で地球の交通機関は、どこまでも高速化できるというわけではない。空気があるがゆえの「熱の壁」がある。


一方、ここはネオアース。

磁気浮上式鉄道にも工夫がなされている。

高速で走行しても車両の先頭部分が高温にならない工夫だ。

前から乗ってみたいと思っていたMVTについに乗れる!

俺は意気揚々と車両に乗り込んだ。


発車時刻になった。

メロディ音と共に宇宙船のような形状の扉が閉められていく。


「MVT 特急スペースポート415号は、あと数分で発車します。ご着席の上シートホルダーを確実に締めてください」


MVTはチューブを走る鉄道。地球でいうところの地下鉄に似ている。

地球の地下鉄と大きく違うのは、車両が走る空間は「真空」になっているということ。

そのため、車両の扉は宇宙船のように気密性を維持できる構造になっている。

空気をチューブ内に漏らさないためだ。

今、車両の周りの空気がどんどん抜かれており、真空状態に近づいてきている。

空気を抜いている間、車両乗務員は客席を回りシートホルダーの点検をしている。

鉄道なのにまるで航空機のようだ。


車両周りの空気はすべて抜かれたようだ。

窓の外の光景に変化はないが、車両の外は今、真空になっている。


「MVT 特急スペースポート415号、まもなく発車します」


先頭車両の前にある隔壁が開かれていく。

隔壁の向こうもチューブになっており、もちろん真空だ。

チューブの底には線路の代わりに電磁石が並べられている。


MVTは出発した。

磁力によって浮遊しスムーズに加速していく。

窓の外を見るとネオアースの街並みが見える。

建物の形状は地球と比べてそんなに違いがあるわけではない。

宇宙でも地球らしさを感じることができるように、ということらしい。

古き良き地球の面影を残した建物が多い。

樹木は積極的に植えられている。植物は空気の浄化や酸素供給に必要だ。

虫はほとんど見かけないのだが、地球からの荷物にくっついてきて検疫をくぐり抜けたのだろうか。ネオアースでも虫を見かけるようになったと聞いている。


さすがはMVT。空気抵抗がない分、スピードが出る。

地球では列車が通ることで騒音問題が発生していたが、真空のチューブを走るMVTに騒音問題はない。

あっという間に降りる駅に到着した。

最後尾車両の後ろの隔壁が閉められる。

そして、ホームトンネルに空気が注入される。

ホームトンネルのドアとこの車両のドアが同時に開く。

俺は荷物を持ち、エリアC駅に降りた。

宇宙酔いからだいぶん醒めてきた俺は、やっと宇宙ステーションへの到着を実感できるようになった。


駅舎から出た俺は、空を見上げた。

空には太陽光を鏡で反射して取り入れた疑似太陽が輝く。

有害な紫外線などは除去されている。日焼けの心配はない。

空の奥にはこちら側からは遠すぎて見えないが、反対側の地面があるはずだ。

ネオアースは、円柱状になっている。

俺は今、筒の内側に立っている。


ジャンプしてみた。

ネオアースの重力を実感するためだ。


地上と同じようにジャンプすることができた。

地球にいるときより高く跳べるとか低くしか跳べないとか、そういうことはない。

地球にいるときと同じように自分の足に体重がかかった。

重力は地球と同じであることがよく分かった。


ネオアースではどうやって重力を発生させているのか。

ネオアースは円柱になっており高速回転している。円柱の中の物体には遠心力が働き、円柱の内壁に押し付けられる。こうして重力を発生させている。

地球でこれを再現するのであればバケツに水を入れてぐるりと一回転してみると良い。

勢いよく回せばバケツが逆さまになっても水は落ちてこない。

回している間バケツの底面に向かって遠心力が働いているからだ。


筒状の宇宙ステーションがぐるぐる回っているとなると、中にいる人は目が回るのではと思うかもしれないが、地球にいた時には地球の自転を自覚できないように、ネオアースに入ってしまうとネオアースの回転は自覚できない。


ネオアースにも高層建築物はある。最も高い建物は筒の反対側まで伸びる柱だ。これが何本も立ち、ネオアースを支えている。

ネオアースでは建物の上階に行くほど重力が弱くなる。

数階登ったくらいでは実感できないが、ネオアースの中心まで上っていけば重力が弱くなっていくことを自覚できる。


柱の中には磁気浮上式鉄道と同じ原理のエレベーターが入っている。

このエレベーターでシリンダー内の反対側に行くことができる。

地球だと地球の裏側まで穴を掘って進むなんてことは不可能に近いが、ネオアースでは柱の中を通って反対側に行ける。


そして、おもしろいのがシリンダーのちょうど真ん中の部分、円柱の円の中心点になる場所は無重力になるということ。

無重力の方が作業効率がよい工場はシリンダーの中心部分に集中して建設されている。

地球だとそう簡単には無重力工場を作ることはできないが、ネオアースでは容易だ。

0.5Gなど地上よりやや弱い重力が必要であれば、高層建築物の上階に行けばよい。

無重力、いわゆる0Gが必要であれば、シリンダーの真ん中まで行けばよい。

ちなみに、ネオアースの外部に張り出した部分に行けば、当然のことながら1Gより強い重力がかかる。

健康上の理由で生活圏は1Gエリアに建設されているが、工業用や研究用スペースとしては、地球と異なった重力の場が活用されている。



俺は、自分の住む社宅までたどり着いた。

家の中は地球のものとたいして違いはない。普通に水道から水が出るし電磁気での調理も行える。

ただし、昔ながらの火を使った調理はご法度となっている。

シリンダー内の大気汚染防止のためだ。


地球にいたときもそうだったが、引っ越しというのはやはり大変。

箱から荷物を出し室内に配置していく。

荷物は減らしたつもりだが、それでも1日では終わらなかった。

明日からは出社なので、必要最低限の物を出し、ネオアースでの始めての夜を迎えた。



生活圏は地球と同じように昼時間と夜時間が設定されており、夜時間になるとちゃんと暗くなる。

引っ越しに疲れた俺はベッドで横になると、あっという間に眠りに落ちた。


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