家庭教師のお兄さんに恋をした

久石あまね

第1話 出会い

 2010年(平成22年)4月。


 まだ冬の寒さが残る、4月の朝。

 

 珍宝天音ちんぽうあまねは洋服タンスから制服を取り出し、それを着た。


 天音の制服姿はあまり可愛くない。それは天音が一番わかっている。


 鏡の前で自分の制服姿を見ると呆れてしまう。


 「もっと可愛い子に生まれてきたかったな…」


 天音はそう独りごちると、赤いカチューシャを付けた。肩まで伸ばした黒髪はまっすぐに伸びていた。


 「お母ちゃん、行ってきまっす」


 天音は玄関を開け、駆け出した。


 「いってらっしゃーい」


 お母ちゃんの大きな声が聴こえてきた。


 天音はその声に振り返ることはなかった。


 中学校までの通学路を歩いていると、賃貸マンションの前に引っ越し業者が来ていた。


 誰か引っ越ししてくるのだろうか。


 三人の引っ越し業者と、若い大学生風のお兄さんがいた。大学生風のお兄さんは、ブカブカのジーンズに、ブカブカの薄いピンク色のロンTを着ていた。いわゆる春コーデというやつだろう。


 結構かっこいいなと思った。


 天音は明るく挨拶した。


 「おっはよ~ございま〜す」


 引っ越し業者がこちらを見て「おざーす」と乱暴に挨拶した。


 そして若いお兄さんが、「おはようございます」と口角を上げ、丁寧に挨拶した。


 爽やかすぎるやろと思った。


 天音の旦那候補だなと思った。


 若いお兄さんの名前は何というのだろうか。


 気になる。


 中学校に到着した。


 天音は昇降口で上靴に履き替えていると、武夫と会った。


 武夫は天音の幼馴染だった。


 「おはよう、チンポ」


 「だから、それで呼ぶなって」


 天音はやや呆れながら注意した。


 天音は苗字が珍宝だから、チンポというあだ名で呼ばれている。たまにチンチンと呼ばれることもある。


 天音はそれがめちゃくちゃ嫌だった。


 初対面の人に自己紹介すると、眉をひそめられるか、笑われるかのどちらかだ。


 天音は自分の苗字が大嫌いだった。

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