第2章 超級ダンジョン攻略大作戦

第13話 半年後

 魔王リポップ阻止作戦から半年が経過した。


 春休みに続いて、夏休みも各属性ダンジョンを攻略しようとした私たちだが、辺境伯より「一度帰って来い」とのお便りがあり、デイモン閣下からのお誘い(という名の強制徴集)により、私たちはセシリーちゃんを巻き込んで辺境伯組と共に帰郷。まずはダッシュウッド辺境伯にご挨拶である。


「ああ、堅苦しい挨拶など良い良い。そんな畏まる必要はないぞ。いつも愚息が世話になる。デイモン、お帰り」


 イカついガタイとは裏腹に、優しい目をしたダッシュウッド辺境伯が席を勧める。国で上から何番目かに偉い要人に、畏まらないという選択肢はないのだが、お人好しのデイモン閣下のお父ちゃんはやっぱり好人物なようだ。まあ、好人物なだけで要人は務まらないので、人が好いばかりではないだろうが。


 なお、次期辺境伯たるお兄様は砦で執務中、辺境伯軍筆頭魔術師であるエリオットうじのお父上も帯同しているそうだ。多分、堅苦しい話を抜きにしようと、意図的に人払いしてあるのだろう。このたび辺境伯家に呼ばれたのは、デイモン閣下とエリオット氏の進路を決める話し合いであるだろうから、まずは腹を割って彼らの希望を聞き取ろうということだ。


「父上、ご配慮感謝いたします。まずは土産の品をお持ちしましたので、お納めください」


「土産など良いというのに。だが、お前たちの心遣い、有り難く受けとろう」


 閣下が差し出した小箱を、笑い皺の浮かぶ柔らかい笑顔で、辺境伯が受け取る。そして小箱を開き、一瞬間を置いて、閉じて、また開いて、閉じて、震え出した。


「これは…スキルの種子…!」


 しかも3個も。


 大変だ。息子が国宝を土産に持って帰って来やがった。




 進路の話し合いのはずだったのに、それからダッシュウッド城の首脳陣は大騒ぎになった。いや、大々的に騒ぐわけにはいかない。こんなことが知れたら国を巻き込んだ大騒動になってしまう。筆頭執事、一の側近、それから影の長も呼び出して、何やら執務室で緊急会議になってしまった。


 応接室に放置された私たちは、バツの悪い表情で居心地悪く過ごしていた。ゲームでは非売品扱い、この世界ではかつてオークションで高額取引されたことがある、それくらいの情報しか持たなかった我ら。開き直るしかない。


「それにしても、なんか大ごとになっちゃいましたね…」


 セシリーちゃんこと裕貴君がソワソワしている。


「このような大騒ぎになるような代物だったとは、迂闊であった」


「私の情報不足です、申し訳ありません」


 デイモン閣下と側近のエリオットうじ


「国宝級のアイテムをお土産にしたんだから、ちょっとは喜んでもらっても良くないですかぁ?何だったら王家に献上とかすればいいんだしぃ。てか、属性ダンジョン周回する計画だったのに、こんなとこで足止め食らってる場合じゃないっての」


 おいブリジット、空気読め!


「しかもさあ、さっきから何人も部屋の内外で、あーしらの様子をコソコソ伺ってるの、超ウザいんですけど」


 天井裏、部屋の隅、壁やドアや窓の向こうから、ヒュッと息を飲む音が聞こえた。いや、普通は聞こえてはならないんだ。彼らは辺境伯家屈指のエリート諜報集団、その中でも上位の者が控えているはず。


「ちょっ、そういうこと言わないの!彼らもお仕事なんだから!」


 小声でブリジットに注意する。その小声を彼らはキャッチして、また「ウッ」という雰囲気が感じられる。


 そう、彼らがいかに優秀な影であっても、そろそろレベルも400に届こうかという私たちには、隠密行動は無意味であった。魔王を倒してから分かったことだが、王国の一般的な騎士は若手でレベル30ほど、パーティーで中級ダンジョンをクリアできる程度。ベテランで50くらい、精鋭クラスで80くらい。有名なS級冒険者となると、中には150くらいの猛者もいるそうだ。


 正直言って、割と弱い。




 春休み、今度超級ダンジョンに挑むんですよ〜、などと冒険者ギルドの窓口で世間話をしていたところ、ギルド長室に連行され、口酸っぱく引き止められた。何しろ辺境伯家の子息に何かあってはたまらない。そもそも今まで知らない間に上級ダンジョンに潜入されて、後から部下に知らされて慌てて辺境伯家に知らせを出して、大目玉を喰らったばかり。ご子息に毛ほどの傷でも付こうもんなら、彼らの首は簡単に飛んでしまうのだ。(物理)


 むしろ伏してでも超級はやめてくださいお願いします、とDOGEZAしようとしたギルド長だが、こちとら既に合宿気分でウッキウキである。水を差されるわけにはいかない。デイモン閣下は、エリオット氏に目配せをする。すると、彼の瞳がほのかに光り、ギルド長は


「どうぞどうぞ!気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 と一転態度を翻した。闇魔法、えげつない。


 かくして春休みの間、私たちは王都の西の風のダンジョンに挑んだ。風属性は水属性に強く、土属性に弱い。水は風に簡単に形を変えられてしまうが、土は風をやすやすと跳ね除ける。火属性とは相性が良く、風が吹けば火は燃え盛るし、火が燃え盛ることで風が生まれる。光属性と闇属性との相性は普通。つまり、うちのパーティーは風属性に対して死角がなく、閣下の土属性スキルがブイブイ唸るダンジョンであった。詳しい話は後ほどとしよう。




 エリオット氏は、今やデイモン閣下の無二の懐刀となった。自分たちに向けられた良からぬ視線や思惑を察知し、こうしていとも簡単に『なかったこと』にできる。閣下の部下に対する篤い信頼は変わらないが、今は以前と違い、闇魔法でその期待に十分に報いることができる。表面的には柔らかい物腰をたたえつつも、どこか陰鬱な雰囲気を持つエリオット氏であったが、最近は堂々と背筋を伸ばしてデイモン閣下の後ろに控えている。


 そのエリオット氏のスキルにより『お友達にんぎょう』になったギルド長だが、その場に居合わせた私には、彼のステータスが丸見えになった。元A級冒険者である彼のレベルは83、もし攻略対象として学園に在籍していたら、主人公と二人パーティーで魔王を撃破できる猛者である。


 ギルド長のレベルが83であることを知ったのを皮切りに、時々エリオット氏に頼んで、学園の教員やそこらへんの騎士さんや衛兵さん、片っ端からこっそりとステータスを調べてみた。すると、この世界の戦闘職の大体のレベルが把握できるようになった、というわけだ。




 今回も、閣下がエリオット氏に目配せをすると、この部屋を監視していた5人の影を壁越しに次々と『懐柔』して行った。さすが辺境伯家、影たちはいずれもレベル90前後の手練てだれであったが、庭師の老爺ろうやに至ってはレベル162であった。元S級冒険者らしい。小さい頃から可愛がってもらっていた庭師のじっちゃんが、割と物騒な経歴の持ち主だったと知って、閣下は複雑そうな顔をしていた。

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