最終回

――高級感漂う一室だった。テーブルや椅子などの調度品も豪華絢爛であり、窓にはステンドグラスが嵌め込まれていた。そして、料理を運んでくる使用人も上質な衣服に身を包んでいる。まるで中世の貴族が住まうようなところで……



「(ここで結婚式をあげるのか……)」



あまり、結婚式というものに出席したことがないから何とも言えないけど……なんというか……結婚式ってこんなのだっけ?私の知る結婚式とは全然違う気がするんだけど……。



結婚式でビュッフェ形式なんて初めて見たし。いや、探せばあるのだろうが、私は初めて見たし。



「(……招待されて来てみたものの……)」



周りに友達がいないし。早々、帰りたくなってきたよ。そんなことを思っていると扉が開かれる。そこには、沙織と沙織のおじさんの姿があった。……そろそろ、か。



招待状から来てから何度も何度もシミュレーションしていた。だけど、想像よりも何倍も沙織のウェンディングドレス姿は綺麗だった。



「(………私も男に生まれたかったかなぁ)」



もし、私が女じゃなかったら……きっと、私は沙織のことを離さない。もし、私が男だったら、私はこの場にいる全ての人をぶっ飛ばしてでも沙織を奪い去ると思う。



でも、そんなことをしても意味がないことぐらい分かっている。だから、私は大人しくしているしかないんだよね。それに、沙織にも迷惑をかけることになるし……だから、私は微笑む。精一杯の笑顔を浮かべる。今だけは、今だけは何もかも忘れよう。ただ、沙織の幸せだけを祈ろう。



「おめでとう……」



その声は小さく、誰にも届くことはなかった。



△▼△▼



「失恋、か」



結婚式が終わった後、私は一人で夜の街を歩いていた。沙織の周りは人が沢山いる。結婚したらきっと、沙織の隣には、常にあの人がいて、キスもそしてその後のことも色々とするのだろう。そう考えるだけで胸の奥底が痛くなる。



ああ……この寂しさを埋めてくれる人はいないのだろうか? 私はため息を吐いていると、



「おー、姉ちゃん、かわいいじゃねーか。俺らと遊ぼうぜ?」



チンピラっぽい男たちに声をかけられる。これは所謂、ナンパという奴だろう。……初めてだ。沙織と二人のときは声をかけられてきたけど一人だと初めてだ。普段なら絶対に断るし、何なら無視をするのだが……



「(今日は、良いかな)」



いつも以上に心が弱っていたせいなのか。ナンパ野郎でも、何でもいいと思ってしまった。



「(私は………)」



「ねぇねぇー、黙ってないでさー。行こうよ!」



腕を引っ張られそうになる。もう……どうでもいい。沙織を忘れられるのなら……そこまで思ったときだ。



「彼女に触るな……!」



聞き覚えのある声が聞こえた。私は顔を上げるとそこには――。



「え……?」



同じ職場で同僚の……黒川くんの姿があった。彼はいつも何を考えているのか分からないのに今は……とても怒っているように見えた。

黒川くんは私の腕を引っ張っていたチンピラを振り払うと、私の手を引っ張りその場から去っていった。



△▼△▼



「ちょ、ちょっと黒川くん!?待って!痛いよ……!」



手が痛い。私の声なんて聞こえてないのか、彼は足を止めてくれない。

……いつも、何を考えているのかわからないのに。でも、今……この瞬間は分かる。彼、怒ってる。何で、怒ってるのかは分からないけど。

私が痛みを感じて声を出したせいなのか、ようやく黒川くんは私の手を離して



「………ごめん。痛かったよな?」


「ううん……」 



私は掴まれていた手首をさする。咄嗟に首は横に振っていたけど、めちゃくちゃ痛かった。



「………嘘を吐くな。痛かっただろ……悪いな」



いつも何を考え、何を思っているのかわからない黒川くんだけど……私の嘘は簡単に見破られた。



「………ううん……そ、それはいいのだけど……何で、助けてくれたの?」



職場の同僚とはいえ、私と黒川くんはそんなに話したこともない。だから助けて貰えるとは思ってもいなかったし。



「……助けた理由?そんなの、同僚だからに決まってるだろ」



……それだけ?黒川くんはそれだけの理由で助けてくれたの?私は、驚いて何も言うことが出来なかった。



「そうだよ……悪いか?同僚を助けるのはそんなに変か?」



「……変ですよ、だって……私たちはそこまで関わりないでしょ?」



「確かにな。……でも、俺は助けたいと思ったから、お前を……高宮を助けた」



そういった黒川くんの顔は少し赤くなっていた。……何で、黒川くんは顔を赤くしてるの?……そんなの勘違いしちゃうよ。



「………ねぇ、お礼したいからライン交換しよう」



――風が吹く。それはまるで風が私を後押しするかのように。



「あ、ああ……」



先まで悲しい表情を浮かべていた私はもういない。

今は、ただ……黒川くんと一緒に笑っていたかった。



      (完)

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