その声で、愛だけ囁いて。
音央とお
Prolog
ーー人は「声」の記憶から忘れていくというけど、「声」から始まった恋でもそうなのですか?
高校に入って初めての冬休みが訪れようとしている。友達が多いほうではないとはいえ、全員に彼氏が出来ているという状況にクリぼっちは確定済み。いいよ、みんな幸せに過ごしなさい。
「なんで私だけおひとりさまなんだー」
好きな相手もいないんだから仕方がない。私だって学校が楽しみになるような恋がしたい。これまでの世界が変わるような人と出会いたい。
でも、格好良い男の子を紹介されても全くときめかないんだから無理だ。もう何年恋してないのだろう……。
「まさかこのまま誰にもトキメキを感じずに人生終わるとしたら……?」
恐ろしい想像をする。
恋が全てではないけれど、それは寂しいと思う。放課後の静かな廊下を歩きながら孤独な気持ちになってきた。邪念を払うように頭を振り、目的地である職員室のドアを軽く叩く。
「おー、相良どうした?」
出てきたのは副担任の北条先生で、怖い先生じゃなくて良かった。職員室って何か緊張するから。
「日誌書き終わりました」
「そっか、お疲れさん」
気さくな笑顔に砕けた口調。副校長が聞いてたらまた怒られるよ?
北条先生が近付いてきて耳打ちする。
「今日は遅くなるから、おばさんに夕飯はいらないって言っておいて」
「了解。……だけど、誰かに聞かれたらどうするの」
「今は出払ってて中も誰もいないから大丈夫だよ。聞かれても俺と相良が親戚なのはみんな知ってるし。それより、暗くなる前に気をつけて帰れよ」
頭を撫でられそうになるのを避けた。寂しそうな顔をされると心は痛むが仕方がない!
先生の母親と私の母が仲良しの従姉妹で、よく遊びに来てくれていた。実家から高校に通勤するのが遠いので、昨年からうちに居候しているのは周りには秘密だ。
若手俳優に似ていると言われる先生は女子人気が高いし、変な噂になりたくない。昔から癖でスキンシップするのはやめて欲しい。
「先生、さようなら」
にっこりと笑顔を貼り付けてはいるが、私が内心怒っているのは伝わっているようで、先生は「しまった」という表情だけどしーらない。くるっと踵を返して歩き出す。
身近にいる男性が北条先生なのも良くないと思っている。優しくて面倒見が良いイケメンのお兄ちゃんが側にいたら、その辺の男子がジャガイモに見えてしまう……。
今年のクリスマスも家族(と先生)でお祝いして終わるんだろうなぁ。それも楽しいんだけどさ、なんだかね。
「……はぁ」
また寂しい気持ちに襲われてきて、とぼとぼと歩く。
その時、校内放送が流れた。
『テスト、テスト。ちゃんと直ったみたい』
よく聞く放送部の男子の声だ。そういえばマイクの調子が悪いとかで今日のお昼の放送が無かった。いつもはゆるいラジオのような放送が流れてくる。みんな友達とお喋りしてお弁当を食べていて、ほとんど誰も聞いちゃいないんだけど。時々趣味の良い音楽を流してくれるからそこは好き。
『なんで調子悪かったんだろう。今は問題ないよね?』
これ、放送を切り忘れてない?
誰かと会話しているようだ。
『おい、ランプ付いたままだ。消せ』
初めて聞く声。気だるげな低い男の子の声。
「……え?」
気付けば私は腰を抜かしていた。なにこれ。
心臓がぎゅーっと痛くなり、電流が流れたように体が痺れる。僅かに聞こえた声が脳内にこびりついたようにリフレインする。
「……っは」
息が乱れて苦しいのに、なんだか心地良い。窓ガラスに映る私の顔は自然と笑みを溢していた。
ーーあの声に名前を呼んで欲しい。
それがこの恋の始まりだったと思う。
ずっとずっと忘れたくないあの人の「声」に出会った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます