第2話 リスクをあえて取ることで得られる信頼もある

「おいらは『シャイニングソード』がいいと思うんすけど!」


「さすがにそれは安直じゃない? オレだったら『淡い煌きの剣』にするね」


「それも安直ではないかしら。ここは私考案の『格上殺しランクイーター』にすべきよ」


「あたしは、『キラキラスティック』が可愛いと思いますぅ」


「わたしは『勇者クレハの剣』がシンプルでいいのではないかと!」


「スゥはお姉様の意見を全面的に支持します」


 店に戻るとこの調子で、面々が新しい剣の名前を考え始めてしまった。

 いつまで経っても賑やかなやつらだ。


「おいお前ら、誰も武器の名付け親なんて募集してねーんだよ。開店するからさっさと持ち場につけ!」


 とは言ってみたものの、わかりやすい呼称くらいはあってもいいのかもしれない。

 だがどうするかはいったん置いておくとしよう。


「いらっしゃいませ、女神の溜息へようこそ!」


 営業が始まると、あっという間に店内は客で持ちきりになった。

 正統派のフェリス、クール毒舌のスゥ、ドジっこのユーディー。

 一人は完璧に男だが、外見だけで言えば三人は看板娘でありそれぞれ異なる客層から人気がある。

 考えれば考えるほど、どことなくコンカフェのような雰囲気が出てきてはいるがこの際よしとしよう。


「マスター、僕にあの遺跡の攻略についてご教示くださいますか?」

「だから今日は私の話が先だってば!」

「まあまあ、落ち着いて順番と見せかけて俺からっ!」


 一方、俺のいるカウンターには新米冒険者ルーキーが毎日のように寄っていく。

 相談や愚痴を聞くのはもはや日課のようなものだ。

 流れていくゆるやかな時間を楽しみ、彼らが楽しげに去っていく頃には店内も落ち着きを見せ始めていた。


「なるほど。クレハ君が前に言っていた、他にやりたいことはこれだったんだね?」


 グラスを拭いているといつの間にかジラルドが近くに立っている。


「まあ、そうなるのかな。初めは無理だと諦めてたんだが、どうにか形になって一安心ってところだ」


「影で見えない努力を沢山してきたんだろう? その証拠にクレハ君は今すごくいい顔をしているよ」


 微笑む彼はすっかり元気になり、あれ以来表情が豊かになったように思える。


「おいおい、シラフに向かってそういうのはよしてくれ。面と向かって言われると照れくさいんだよ」


 そう返すとジラルドは愉快そうに笑い、なにか思い出したようにはっとした顔を見せた。


「おっと、いけない。君の酒を瓶詰めして売って欲しいというお客さんがいるんだけどね」


「店には来られない客ってことか?」


「手紙が来たんだよ。遠方にいるそうでどうにも君の噂を聞きつけたらしくてね。どうするかはもちろん君次第さ」


 ジラルドが去っていった直後、手が空いたのか調理場にいたはずのミツキが近くまで来ていた。


「なんだか面白そうな話してたね! ただ、売るって言ってもこの世界だと――」


 品物と現金を直接やり取りすることでしか取引はできない。

 おまけにどちらが先に送るかの問題がある。

 相手に一方的に送らせ、品物や金だけを受け取って知らん振りといった不正がまかり通るだろうことは想像にかたくない。


「確かに信用という面でリスクが存在するな」


「そこさえクリアできれば宣伝にもなるし悪くないと思うんだよねー」


「それでもこの店から発送するべきだろうな」


「え、でもお金が返ってこなかったらどうするつもり?」


 ミツキは意外といった風に首を傾げている。


「思い出してくれ。俺の酒はそもそもコストが掛かってない。店にとってなにも痛手ではないわけだ。さておき、普通に取引できたとして客からはこの店はどういう印象になると思う?」


 彼はうーんと腕組みをし考え始めた。


「こっちが送金しない可能性もあるのに、信用してくれた、かな?」


「もちろん返ってこない場合は潔く諦める。だが、リスクをあえて取ることで得られる信頼もあると思わないか?」


「クレハも思い切ったこと考えるよね~。だったらさ、お酒におつまみ的なものをサービスするってのはどうかな。何品か考えてるのがあるんだけどちょうどいいかも?」


「いい考えだ。上手くいけばリピーターになってくれる可能性が出てきそうだな。そうなると、味やら酒との相性の判断はあいつにしてもらおう。当然つまみにもうるさいだろうしな」


 話はとんとん拍子に進み、ここで監修としてスペシャリストを呼ぶことになった。


「任せなさい。この不肖ふしょうアリスフィア、お店のために尽力していく所存よ!!」


 ふふふと言いながら椅子に腰掛けた。

 彼女が酒とつまみに舞い上がっているのはもはや言うまでもない。


「アリスフィアさん、今から持ってくるね!」


 同じように張り切るミツキは調理場へと消えていき、アリスフィアはその姿に微笑んでいる。

 その様子に俺は大層感心するほかない。


「フィアも大分心を開いたみたいでなによりだ」


「あら、それは大きな誤解よ? クレハが彼を邪険に扱うなって言うからそれに従っているだけ」


「ああ……あれまだ有効だったのか。しばらくはこのままでいてやってくれるか?」


「任せてちょうだい。今私はすごく機嫌がいいのよ!」


 ミツキが戻ってくると、アリスフィアはとてもいい笑顔で皿を受け取り飲み食いを始めた。


「さすがは料理長ね。全体的にいい味に仕上がっているわ。ところで日持ちはどのくらいするのかしら? 」


 グラスを空にした彼女はミツキに問いかける。


「長くて一週間ほどかな。でもそれだと短すぎる気がするんだよね。塩分を強くすればもう少し持つとは思うんだけど」


「おつまみは濃いくらいの方がちょうどいいかもしれないわ。個人的にせめて十日は持つと嬉しいのだけれど」


「そういうことなら任せて、アリスフィアさん!」


 二人の温度差のあるコンビネーションでひとまずは決まりそうだ。

 それからもう一つ兼ねてから試してみたかったこともある。


「あれ、クレハさん何やってるんですか?」


 閉店後。店内で作業をしているとフェリスがやってきて、俺の設置した丸テーブルを見て首を傾げている。


「ここに酒を置いて持ち帰り用に販売をしようと思ってな」


「前は移動販売をしてましたけど、それがなくなって残念がってるお客さんもいましたからねぇ」


「そうなんだよ。すっかり内ばかりにかまけてて、外に意識が向いてなかったことに気づいてさ」


「でしたらわたしもお手伝いします。あ、これお酒の紹介みたいなカードをつけたら興味を引くかもしれませんね! ちょっと作ってみてもいいですか?」


 多分フェリスは広告ポップみたいなことを言ってるんだろうな。

 俺は二つ返事で了承し、酒販売を今後の給仕の仕事として組み込んだ。

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