第2話 悔しい思いをしているのはあなただけではないのよ

 騒動の次の日。

 一応の警戒はしていたもののこれといった騒ぎは起こらなかった。

 だがその閉店後、いつものように外の作業を済ませ戻ろうとしたところに奴が現れた。

 そう、昨日訪れたならずもの――ガロワだ。


「またあんたか。酒が欲しいならあらかじめ言ってくれないか」


「昨日はお陰でとんだ大恥をかいたぜ。ま、アリスフィアさえいなければ大したこたぁねえ」


 首元を掴まれそれを振り解こうとするが、まるで歯が立たない。

 力の差は歴然だ。

 幸い周りには誰もいない。ここは放出でぶっ飛ばすか?


「いい加減にしろよ、おっさん」


「お、やるのか? 冒険者でもない一般人がよぉ!」


 俺が腕を伸ばした瞬間、ガロワから手首をがっしりと掴まれる。

 どうやらこうなると酒は出てこないようだ。

 なるほど、これは致命的な弱点だと言えそうだ。


「いい加減離せよ」


「お前なんか企んでやがったな。まあいい、ここから腕をへし折ってやってもいいんだぜ?」


「ぐっ……!」


 ギリギリと骨がきしむ中、俺は歯を食い縛って耐える。


「そう睨むなって。ここは穏便にいくとするか。明日までに三樽分の酒を用意しな。でないとお前の店が潰れることになるぜ?」


 ガロワからひときわ低い声で囁かれる。

 それにしても厄介なのに目をつけられたものだ。


「誰かお前の要求など飲むものかよ」


「へっ、そうかい。じゃあよ、あの店の給仕の女二人だけでももらっちまうか。あれほどの上玉だ、貴族様に売り飛ばせば高く買ってもらえるだろうよ?」


 それだけは絶対に避けなければならない。

 どんな手を使ってもこの状況から奴を出し抜いてみせる。

 ひとまず冷静になって頭を回そう。


「待ってくれ、酒は用意しよう。ただ少し時間がかかるんだ。せめて三日ほどくれないか?」


 ガロワを睨みつけるのをやめ、少しだけ従順な振りをする。


「へへ、そうこなくっちゃ。だがよお、三日はダメだ。どうせ時間でも稼ぐつもりだろ」


「二日ならどうだ。応じてくれるのなら樽を余分に一つ付けるぞ?」


「ほう、そりゃあいい。二日後のこの時間にまた来てやるよ。その時は仲間も連れてくるからな。おっと、変な真似した時はわかってんだろうな?」


「もちろんだ。だが夜は確実にアリスフィアがいるぞ。昼間の方がそっちにとっても好都合じゃないか?」


「ちっ、仕方ねえ……」


 アリスフィアに勝てないのはわかっているのだろう。

 ガロワは心底不愉快そうな顔をした。


「それはそうと四人で来るのか?」


「なわけねえだろ。俺様が二樽担げば事足りる。じゃあ楽しみにしてるぜ、店長さんよ?」


「ぐっ!」


 解放されるのと同時に、みぞおちに一撃喰らい木の幹に叩きつけられる。

 俺が痛みにうずくまっていると、ガロワは下卑た笑いを響かせて去っていった。


 昼間誰もいない店内に三人をおびき寄せる。

 そこまではいいのだが、相手の隙を生み出すにはピースがあと少し足りない。

 体を起こした俺はそのままもたれ掛かり目をつむった。


「クレハさん、大丈夫ですか! 今手当てをしますからじっとしていてください」


 瞼を開けると、今にも泣き出しそうな顔をしているフェリスが俺の側にいた。

 できるならこんな姿見られたくなかったな。

 不思議なことに介抱を受けながらにしてようやく、ふつふつと怒りに似た感情が涌き立ってきている。


「フェリス、ありがとな」


「どうしてクレハさんがこんな……」


「なんにもねえよ。少なくともお前が心配することはない」


「あなた、嘘をつくのは下手みたいね。ここへ来る途中で、昨日追い返したはずの柄の悪い男が立ち去っていくのを見かけたわ」


 気付けば、正面からやってきたアリスフィアが俺に対し鋭い視線を向けていた。


「さすがに察しがいいな。ああ、お前の想像してるとおりだよ。だとしてもこれは俺が招いた問題に変わりない」


「いいえ、違うでしょう。れっきとした店の……それだけではなく全員の問題よ。そして私にも無関係であるはずがないわ」


 アリスフィアはそのまま二刀を抜き、それぞれの刀身は月光を浴びて揺らめく。

 普段どおりの声色にも関わらず、彼女の瞳は静かに燃えているようにも思える。

 俺はフェリスに肩を借りて立ち上がった。


「おい、どこへ行こうってんだ」


 走り抜けようとした彼女に声を掛けると立ち止まった。

 喰らいつくようにして睨みをきかせると、彼女は無言のまま半歩ほど後ずさった。


「お前が剣を抜いて大事になったらどうなると思う。ここまでやってきたAランク冒険者はそのままでいられるのか? 勝手に熱くなるのは結構だがこの先のことも考えてみろよ」


 冒険者同士の私闘は厳しく罰せられ、最悪の場合ライセンスの永久剥奪がある。

 それはすでにアインズから聞いていた。

 俺が蒔いた種でアリスフィアの誇りを奪うわけにはいかない。


「だとしても、このまま言うことを聞いてしまうつもりなの……? きっと要求はお酒だけでは済まなくなるわよ!」


 アリスフィアは肩をわなわなと震わせている。

 彼女の初めて見せる怒りを目にして、場の空気がピンと張り詰めたように感じた。

 いずれ何もかもが餌食になる、と言いたいのは明白だ。


「よく聞いてくれ。あいつは今油断してるはずだ。間違いなく付け入る隙が生まれる。そこで俺は奴に反撃する算段を立ててるんだ。だから頼む、今日のところは剣を収めすべて見なかったことにしてくれないか?」


 静けさの中、目を逸らさず見据えてどれほどの時間が経っただろう。

 きっと俺達の間には譲れないもの同士がぶつかっている。

 だが根負けしたのか、彼女は武器を鞘に収めるといつものようにくすくすと笑いだした。


「言い出したら聞かないのを忘れていたわ。ただし、その計画に私も一枚噛ませると約束して。この店の人達だってそう。悔しい思いをしているのはあなた一人だけではないのよ」


 そうするしかないな。

 やっぱり冒険者に対しては冒険者を当てるしかないか。


「もちろんお前にもアインズ達にも手を貸してもらうつもりだ。さあ、そろそろ行こう」


 泣きじゃくるフェリスの頭を優しく撫でる。

 二人に肩を担がれて俺は店へと戻った。

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