第3話 君って……『転生者』だよね?

「フェリス、俺にはお前が必要なんだ」


「ええっ!? あ、あの……クレハさん?」


 彼女は頬を赤く染めている。


「なんだ、熱でもあるのか?」


「いえ、急なことでびっくりしてしまいまして。もしかすると幻聴だったのかもしれません」


「そうか? だったらもう一度言うぞ。俺にはお前の胃袋が必要だ」


「あっあ……。ですよね。ですよねえ!」


 フェリスとの間に奇妙な温度差を感じたのはともかく。

 その言葉どおり彼女の協力なしにはことが運んでいかない。

 今日はこれから料理人募集に対し名乗りを上げた四人の面接を行う。

 そこで、シンプルゆえに重要な採用条件はこうだ。


『フェリスが思わず三皿おかわりしたくなるような料理を作れるか』


 それはまさしく、舌の肥えているだろう彼女のお墨付きとなるのは間違いない。

 その為にはある程度性格や素行に難があってもあえて目を瞑ろう。


「なんだかこっちまで緊張してしまいますね……!」


 などと言いながらもナイフとフォークを両手に構えたフェリスはすでにやる気十分、臨戦体勢だ。

 昨晩から何も食べていないと豪語するだけあって、この時点で彼女からは歴戦の猛者もさの風格が漂う。

 なんかこいつフードファイターみたいだな。

 そういたく感心していると視線を感じた。


「ん、どうしたんだ?」


「クレハさん、わたしの食べているところをあまり見ないでもらえますか?」


「なにか問題でもあるのか?」


「え、その……えっと」


 始まった。

 フェリスはまたもじもじとしだした。


「わかったぞ。その方が集中できるもんな?」


「はい。そうなんですっ!!」


 こうして彼女には強く念を押されることになったのだった。


「まずは一番から順番に、料理名と意気込みを簡潔に頼む」


 カウンターには三人の皿が並んだ。

 それぞれの料理の前に本人達が直立不動の構えで佇んでいる図式だ。

 四人目の応募者はいまだ姿を見せていないが構わず先へ進めていく。


「一番だ。これはホロホロ鳥のスパイシー煮込み。うめぇもんなら俺っちに任せときな!」


「二番。レインボーフィッシュフライ、果実酒ソース添え。黙して食え」


「三番です。ドラゴニックステーキサンドでございます。これは虜となりますよ……」


 カウンター正面のテーブルには審査員であるフェリスが座っている。

 その側で耳を澄ませばごくりと唾を飲む音が聞こえてくるようだ。


 続けてカチャカチャと、食器に当たるナイフとフォークの音が聞こえてくる。

 咀嚼音はできるだけ立てないよう抑えているのがわかる。

 さすがは女神だ。育ち自体はいいようだな。

 しばらくして終わりました、と聞こえフェリスに視線をやると首を振っていた。


「残念ながら基準を満たしていないようだ。よって、今回の採用は見送ることに」


「おっと、待ったー!」


 唐突に扉が開き、聞いたことのない明るい男の声が店内に響き渡った。


「おい、営業時間外だ。部外者は入ってこないでもらえるか?」


「いやいや、オレは客じゃないよ。料理人の面接に来たミツキって言うんだけど、もう終わっちゃった感じ?」


 この場に似つかわしくない、よく言えば爽やか悪く言えば軽薄な雰囲気をまとわせたイケメン野朗が飛び込んできた。

 佇まいがどことなく気に入らないが、それでもこのまま収穫がないのは避けたいところだ。

 この際背に腹は変えられない。


「特別に審査を続行する。すぐに調理に取り掛かってもらえるか?」


「ひゅー、ラッキー! 君いい人だね。名前なんて言うの?」


「俺はクレハだ」


「ん、クレハ……?」


 ミツキは不思議そうに俺を見ている。


「それがどうした? 時間が惜しいんだ。いいからもう始めてくれ」


 彼は持参の包丁を取り出すとこれまでとは雰囲気が一変した。

 刃物の扱い方からあらゆる所作が鮮やかで華がある。

 なにより驚きなのは一切の味見をせずに工程を進めていることだ。

 すぐに美味そうな匂いが立ち込め辺りを包みだすと、フェリスの腹の虫が鳴るのが聞こえた。

 いまだ完成してはいないが、不合格となった三人の間にはすでに動揺が広がっている。


「はいお待ちどー。『ゴート牛のすき焼き風』、これは絶品中の絶品だから熱いうちに食べて欲しいな!」


 驚いたな。この世界にもすき焼きがあるのか!

 まだまだ俺の知らないことが多く眠っているのだと期待をさせてくれる。


 ついに完成しミツキ以外の全員で食すことになった。

 フェリスはあっと言う間に平らげておかわりを何度も要求する始末。

 他の三人は口に入れるやいなや頭を抱えだし、とぼとぼとこの場をあとにしてしまった。

 しかしこの割り下、偶然なのだろうが完全に予想したとおりの味だ。


「やっぱりすき焼きには卵が欲しくなるな」


 と、俺は懐かしさに思わず言葉が漏れ出てしまっていた。


「わかる。でさ、ここにうどんとか入れたいでしょ?」


 ミツキがやたらと嬉しそうに聞いてくる傍ら、フェリスはずっと首を傾げているようだった。

 そうして審査が終わり先ほどの後片付けを始めようとしていた。


「ミツキ、この店の料理人として働いてくれないか? この味なら間違いなく客の心を掴めるはずだ」


「それって合格ってことだよね? おっけーおっけー!」


「で、いつから来れそうだ?」


「今日からでもいいよ! クレハとフェリスちゃんだっけ。よろしくねー」


「はい、よろしくおねがいしますね。またあとで!」


 フェリスがジラルドから呼ばれてこの場を離れていく。


「そうだクレハ。よかったら苗字も教えてくれない?」


 と言って、食器を洗う手を止めることなく顔だけをこちらに向けてきた。

 まったくどこまでも器用な男だ。


白鷺しらさぎだ、が……!?」


 言いかけて心臓がここまで大きく跳ねたのは初めてだった。


「やっぱりそうなんだ。君って……『転生者』だよね?」

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