第2話 冒険者様、お帰りはあちらです
「クレハ君おはよう。うん、朝早くから何をしているんだい?」
店のテーブルで作業をしていると声を掛けられた。
「おうジラルド。ちょっとこれを見てくれないか?」
ペンを置いてから一枚の紙を見せるように向けると、彼は興味深そうにその内容を読み上げ始めた。
「ふむふむ。この案内状で店の現状を知らせようと言うのだね」
「ああ。ひとまずは昼の移動販売の時に、酒を買ってくれた客に手渡すつもりだ」
「それにしても数多く必要になりそうだね。昨日も夜遅かったのだろうし僕も手を貸そう。一枚手本となるものをくれないかな?」
「そいつはありがたい。じゃあこれと……これだな。お願いできるか?」
彼は白紙の紙束の半数を自分のテーブルへと持っていくと、白い羽のついたペンを手に取った。
これは昔していたポスティングのバイトからヒントを得たものだ。
この世界にはコピー機がないせいでかなり手間はかかるがそうも言っていられない。
互いにしばらく無言でせっせと取り組む。
そうして彼の助力のお陰もあり想定していたよりも早く仕上げることができた。
「ふう、こんなもんかな。さあ店に戻って開店準備だ」
「ところで皆さんに渡してた紙ってなんだったんですか? わたし、忙しすぎて読んでいる暇がなくて」
移動販売を終えた帰りの道すがら、台車の後ろを押すフェリスが俺に声を掛けた。
「秘策第一弾といったところだな。まあ見てろ、これからの客入りは期待できるぞ」
俺達の店『女神の溜息』は夕方から深夜まで開けている。
現状では夕方直後がもっとも客が多く、時間が経つにつれて減っていく。
今日配ったチラシの効果で何割ほど来店数が増えるのか観察を始めた。
「いらっしゃいませ! 二名様ですね。こちらのテーブル席へどうぞ!」
カウンターの向こう側からフェリスの元気な声が聞こえる。
優雅にスカートを
初めはよく転ぶこともあって、どうなるものかと思いはしたが所作も大分様になってきている。
どうやら彼女目的のファンも数人できたようで、一週間ほど立て続けに客足は伸びていった。
目論見どおり首尾は上々といったところだろう。
だが喜びも束の間、客の滞在時間があまりに短く結局は席が埋まらないという事態に発展していった。
その理由をフェリスに聞いてみた。
「酒は美味しいがおつまみ程度の料理しかないせいで、別の店で食事を取らないといけなくなる」と数組から指摘を受けたそうだ。
酒があるだけではダメと言うことがこれでよくわかった。
そうなると次は料理だ。
以前泊まっていた宿の一階にあったような、そこそこ美味くしっかり腹一杯食べられるものがあればいい。
そうすれば酒飲みでなくとも来店する切っ掛けになるかもしれない。
「クレハさん、何やってるんですか?」
閉店後の店内には俺達ともう一人が残っている。
テーブルの向かい側に立ったフェリスが、俺の手元を覗き込み次なる作戦に気づいたようだ。
「これを作ってたんだ。見てみるか?」
俺は作成済みの一枚を彼女に差し出す。
「ふむふむ……ポイントカードってなんですか?」
「例えば一回で使った金額によってこの空白に一つ記入をする。それが合計十個埋まったら、次回の会計を半額にする引き換え券になるって仕組みだ」
「え、でもそこまでしてしまって大丈夫なんですか?」
「俺の出す酒は実質コストが掛かってないからそのくらいは問題ない。目に見える損得よりは何回も通ってもらうことがこのカードの主目的なんだよ」
フェリスはおお、と感心を示しているようだ。
「待て待て、こっちが本題だ。これを何枚か作って店の内外に張り出そうと思う」
「えーと、『料理人募集のお知らせ』ですか。確かにわたし達、一切料理できないですもんね」
フェリスはてへへと苦笑いを浮かべた。
コンビニ弁当やカップラーメンまたは外食ばかりだった俺には、当然手料理という概念は存在していない。
フェリスは食べることは好きらしいのだが、いつも食事は勝手に出てくるような非常にけしからん生活だったらしく料理の
「あら、私はできるけれど?」
ふらふらと近づいてきたアリスフィアがテーブルをコンコンと二度叩いた。
多少飲んではいるが、彼女は豹変前ということもあってまだ話が通じる。
「いや……干し肉や木の実は携行食の類だろ。さすがにあれを料理とは呼びにくいぞ?」
「同意をもらえなくて残念だわ。ところでその張り紙なのだけれど」
彼女はちょうど仕上がったポスターに指を差した。
「何か間違ったことでも書いたか?」
「いいえ。それをギルドに掲示してもらうように話を通しましょうか?」
「わあ、さすがアリスさんです!」
フェリスはアリスフィアに近寄ると喜びのあまりハイタッチをした。
アリスフィアの方が一回り身長が高いこともあって、二人の姿が姉妹のように思えて微笑ましい。
「なんだかすまないな」
「気にしなくていいわ。これも私が過ごしやすい環境を作るためだもの」
流れるように勝手に酒を注ごうとしたアリスフィアからグラスをひったくる。
閉店だと言ったのにまったく油断も隙もない。
「冒険者様、お帰りはあちらです」
俺は貼り付けた営業スマイルを差し向ける。
今の流れならいけると思ったのに、と呟いた彼女は残念そうに店から出ていった。
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