第6話 そのベアルはどんな姿をしてたんだ?

「いやぁ、あんたが来てくれて大助かりだぜ。もう一生飲めないと思ってたからよ!」


 酒を買いに来た男は上機嫌だ。


「そいつは商売人冥利に尽きるな」


「ところで兄ちゃん、あの話知ってるか?」


「あの話って?」


「ここを出て少ししたところの草原にな、大物のベアルが居座ってて皆困ってたんだとよ。そいつは行商をよく襲うことで有名らしいんだが――」


 ベアルというのはいわゆる魔物モンスターのことだとアリスフィアから教わった。

 この間のパラスケイルもそうだが、聞きなれない言葉も多く新鮮な気分だ。


「ふんふん、それで?」


「そいつをよ、あのアリスフィアがやっちまったわけ! ああいうのは二つ名つきっつって一人じゃ普通歯が立たないものらしいんだわ」


「そのベアルはどんな姿をしてたんだ?」


「オークって言ったらわかるか? 家畜みてえな、そりゃもう醜くおっかねえツラして巨大な斧をぶら下げてんだけどよ。おっと、またっからそんときゃ頼んだぜ!」


 男は慌しく去っていった。


 今の話の『二つ名つき』、つまりネームドモンスターがあの時の豚野朗だとしたら、あれはとんでもない強敵だったってことになる。

 ただの酒飲みのおっちゃんが知っているくらいだし、アリスフィアは相当名の知れた冒険者なのかもしれない。


 一仕事を終えての帰り道。

 酒を売り始めて今日で一週間ほどになる。

 今のところ店を構えるというよりは、借り物の台車に樽を積んで移動販売をする形でやっている。

 アリスフィアのお墨付きもあってか思いのほか売れ行きは順調だ。

 初めこそは渋々生活の為だったが段々とやりがいを感じつつある。


「クレハさーん、お帰りなさい。先に頂いてますよー」


 フェリスがフォーク片手に出迎えた。


「よう、いい子にしてたか?」


「ちょっと、わたし子供じゃありませんけどぉ!」


「似たようなもんだろ」


 食事は部屋を借りている宿屋併設の店で取っていて、味は及第点といったところだ。

 寝る場所はこの宿の二階の部屋で、他に空きがない都合上フェリスとは同室。

 彼女は何も気にする様子もなく毎晩夢の中でうわごとを言っている。

 まったく気楽なもんだ。

 むしろ俺の方が気を使っているような状況ではある。


「あれ。ぼーっとして、どうかしましたか?」


「ちょっと疲れたのかもな。ほら、俺の分も食っていいぞ」


 向かいにはすでに三枚が重なっている。

 庇護欲ひごよくをそそられる彼女の食べっぷりに俺は思わず皿を差し出した。

 部屋については早いところ改善しなくてはな。


「やあこんにちは。一杯貰えるかな?」


 その翌日のことだ。

 顔を上げるとすぐに、眼鏡を掛けた無精髭の男が木のコップをこちらに寄越した。

 ここの通貨であるゲルタはすでに台車の上に置かれている。


「毎度あり。急ぎの用事かい?」


 俺は手早く酒を注ぎコップを手渡して尋ねた。


「急かしてしまったかな? うん、それにしてもいい純度をしているね」


 そう言って男は日に透かすようにコップを掲げ覗き込み、少し経ってから一口飲んだ。


「――そして口当たりもまろやかかつ繊細。うんうん、これはいい酒だ」


 俺の目をじっと見て何度も頷いた。


「それはどうも。ところで随分と酒に詳しいようだが……あんたは同業者かなにか?」


「まあ、元ではあるけどね。小さな酒場のオーナーをしていたよ」


「俺は余所者だから詳しくはないんだが……。聞いた話によると、この一帯は酒の供給量が足りないそうだな。それで店を畳んじまったって感じなのか?」


「そんなところだね。僕の名前はジラルド。差し支えなければ君の名前を伺ってもいいかな?」


「クレハだ。呼び捨てで構わない。こうして酒の販売を始めてから間もないが、ここの住人の期待に応えられるように頑張っていくつもりだ」


 それを聞くとジラルドは微笑んで、またもや視線が合った。

 不思議と嫌な感じを受けない男だ。


「ん、何かおかしなことでも言ったか?」


「おっと失礼。実を言うとアリスフィアにここを聞いていてね」


「まさか俺のことを知っていたと?」


「そうなるね。いやぁ、ごめんごめん。試すような真似をして」


「それは構わないが……なぜ彼女が?」


「もし君を気に入ったら、何か手助けをしてやってくれって彼女から頼まれていてね。まあ、それとは別件でどんな酒を扱っているのか純粋に興味はあったんだけど」


 そう言って彼は笑う。


「それはありがたい申し出だが、この程度の会話で初対面の人間を理解できるとは到底思えないな」


「そうかな? すでに君に対しては悪い印象なんて持っていないよ」


「そう言われてもな」


「クレハさん、お酒ちょうだいな~」

「こっちもはやくしてくれぇ!」

「こんにちは! 今日は売り切れ前に……間に合った?」


 どうやら会話に集中しすぎたようだ。

 気付くと台車の前では客達が列をなしていた。


「すまないジラルド。話の続きはまた後でいいか?」


「ああ、そうしたほうがよさそうだ。長々と邪魔したね」


 客を捌く最中考え事をしていた。

 アリスフィアの知り合いだというジラルドは一体何者なのだろう。

 もっとも彼女に繋がる人物ならさほど危険ではなさそうな印象はあるが、現時点では判断材料が足りないのもまた事実だ。

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