第5話 さすがに女神に知り合いはいねーよ

「ダメでしたね……」


 冒険者ギルドをあとにし、がっくりと落ち込んだ様子のフェリスが俺を見た。


「まあ想定内だ。だがこうしてる暇はないぞ」


「どうしてですか?」


「先立つものがないんだよ。今日の食費から宿代までなんとかして賄わないとな」


「もしかしてこのままいくとご飯抜きですか!?」


「それどころか野宿のおまけもついてくる」


「いや、いやですー! せめてベッドで寝かせてください!」


 ぶんぶんとフェリスは大げさに首を左右に振る。


「まったくの同意見だ」


「それでギルドにお仕事はないか聞きにいったわけですね」


「まあそれ以前に登録試験に落ちてしまったけどな」


 つまり俺達は冒険者としてクエストを斡旋あっせんしてもらい、金を得ることはできない。

 あの能力値の低さから予想はついてたのだが、実際にダメと言われるのはきついな。

 悔しいものは悔しいが駄々をこねてる場合じゃない。


「うー……どうしましょうね」


「今のところ思いつかないな。少し気晴らしに街を見てみるか」


 このルーグロエは想像していた以上に広く、小一時間ではすべてを周りきれないほどだ。

 その間フェリスは目を輝かせ、興奮気味にあれこれとまくし立ててきてうるさい。

 おのぼりさん丸出しにもほどがある。

 とは言え内心俺も同じような気持ちだったのもあって、別段それをいさめたりもしない。


「あら。どうしたの、パラルスケイルみたいな顔をして」


 歩き疲れ、往来の民家の外壁にもたれて掛かっていると歩み寄ってくる人影が見えた。


「アリスフィアか。そのパラルってのは何だ?」


「"そんなに落ち込んで”って意味よ。ところで何か面倒事でもあったの?」


 彼女の赤い二房の髪が風に吹かれて揺れた。


「ああ、それがな」


 ここでギルドのことまで話題にする必要はないだろう。

 ひとまずは資金難についてのみ話した。


「お金の入った財布をどこかに落としてしまったというの……? クレハ、あなたこの大陸へ来てから踏んだり蹴ったりじゃない?」


 困り顔をしたアリスフィアは心配そうに尋ねてきた。


「本当ツイてないよ。恥ずかしながら今困ってるんだ」


「そういうことなら、いくらか手持ちから出してあげましょうか?」


「でもな。ほとんど初対面のアリスフィアに貸してもらうというのも」


「別段私は構わないのだけれどね。やっぱり商人さんとしては体裁も気になるのかしら?」


「ああ。命を助けられた上に金までせびったなんて噂でも立ったら、それこそ商売人の名折れだからな」


 俺の事情を聞いてしばらく考え事をしていたアリスフィアだったが、何か案が思いついたのだろう。

 彼女は小さく頷いた。


「これから渡すお金の見返りとして、私はあなたのお酒をいくらか頂く。この場合貸し借りではなくて純粋な売買成立。これならあなたの面子も保たれるし、気を悪くして欲しくはないのだけれど、お酒の品質も私が保証してあげられるわ」


 そうか、不足している地域だからこそ俺の酒が売れる可能性はあるのか。

 それに彼女の口振りから察するに、酒の味には精通しているのだろう。

 これはもしかするともしかするかもしれない。


「酒も到着したばかりだし願ってもない話だ。それについてなんだが、今ちょうどいい入れ物を用意してなくてな。どこかにそういったものはないか?」


 さすがに手から出してほらよと言うわけにもいかないし、もっともその場面を目撃されるわけにもいかない。


「それならちょうどいい場所を紹介するわ。そこのあなたも一緒に来る?」


「あ、はい」


 フェリスは緊張気味にこれまでにはないくらいの小声で応じた。

 アリスフィアに案内される道すがら、俺はフェリスにひそひそと話しかける。


「なんでそんなにお前は大人しいんだよ。いつもの能天気な女神様はどこに行った?」


「わたし、本当は知らない人とお話しするの得意ではないんです」


「おい待てよ。俺に対しては初対面の時から必要以上に喋ってたぞ。いや変顔すら晒してたじゃないか」


「あっあ……それは言わないでくださいよぉ。なんとなくですけど、クレハさんとは話しやすい気がするんです。以前どこかで会っていませんか?」


「さすがに女神に知り合いはいねーよ」


「着いたわ、仲良しのお二人さん」


 俺達は数年前に潰れたという小さな酒場に通された。

 アリスフィアの知り合いが以前オーナーをしていたとかで、ある程度は使用を許可されているそうだ。


 確かにこじんまりとした飲み屋だ。

 だがカウンターやテーブルセットは木目がなかなかいい味を出していて悪くない。

 おまけに簡単な調理場まである。

 こういった拠点を得られればできることがまた増えていくだろう。

 何はともあれまずは資金を稼がなければな。


「あら、こんなに貰ってしまっていいの?」


 アリスフィアは大きめのグラスを両手に嬉しそうだ。


「助けて貰った分も大幅に足しておいた。現状困ってるのはこっちだから気にせず受け取ってくれ」


「私、話のわかる人は好きよ。では遠慮なく」


 彼女は鼻歌交じりにこの場を後にした。

 やっぱりアリスフィアは酒が絡むと雰囲気が違うように見えるな。

 そんなことを考えているとフェリスが俺に視線を向けた。


「それにしても……アリスフィアさんでしたっけ。美人さんでしたね?」


「ああ見えて戦闘能力もかなり高いし機転も利く。まさに非の打ち所がないと言うべきだな」


「もうすでに親しげな様子ですし、困った時は何かに利用できそうですねー」


 彼女はにやりとした。

 天界うえとやらが甘やかしすぎたせいなのか?

 まったく冗談に聞こえて来ないのが末恐ろしい。


「お前はまたそういうことを言う。アリスフィアは俺の命の恩人なんだから失礼のないようにしろよ?」


「わ、わかってますよっ!?」


 背後に回ろうとすると、肩を極めたのがよほど効いたのだろう。

 フェリスは慌てて逃げていった。

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