ベルソフの歩行補助機(仮題)

藤田桜

1


 旅人の無事を祈る灯台のようだった。


 ──幻想機械都市ベスノセリア。外壁には等間隔に灯火ランタンが嵌め込まれており、金属のパイプが蔦のように絡まっている。幾筋もの煙を立てる建築の集合体が、漠とした草原の地平線にくっきりと浮かんでいた。


 アシャリは朦朧とした意識の中、ずっとそれを見つめている。もう歩く気力もない。それなのに。ずり、ずり、と足が勝手に引きずられていく。


「放っておいて、くれ」


 腰に接続された歩行補助機チューブが一歩、また一歩と彼を都市へと進ませるのだ。風に波立つ草原に引かれた街道の上、八本の触手チューブが怪力をもって男を運ぶ様は、まるで鋼鉄の蛸である。


「もう、生きていたって、何にも、ないんだから、さ」


 ぜえぜえと音を立てる肺で必死に抗議するが、歩行補助機が聞き分ける様子はない。もうアシャリが歩いているのか、機械が歩いているのか、判別が付かなかった。


「なあ、──おい」


 ──ベルソフ、と呼び掛けようとして、躊躇った。違う。これはただの機械だ。彼女はもう死んだのだから。真っ黒な化け物ポーヴェヒに魂の髄まで食い尽くされて、物言わぬ石くれになり果てて。彼女は、もう、いないのだ。


 左の拳を力なく歩行補助機に叩きつける。それでも機械は停止しようとしない。目が眩んでいく。意識が沈んでいく。


 倒れ伏す最中、アシャリは頭上に、知らない少女の声を聞いた。


「そこのひと、大丈夫ですか! 大丈夫ですか──」

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