少し大人なクラスメイトに溶かされる

ノノンカ

本編

始まりはポッキーゲーム

 顔は上の下、成績は上の中。それが私。特にこれといって目立つような趣味などもなく、強いて人と違う所を挙げるとすれば、一人で暮らしているという点くらいだ。まあ所謂平穏な学生生活というものを送っている。うちの学校はそれなりに偏差値の高い女子高なので、治安はいい方だと思うし、恋愛に関する話をするような浮ついた人も周囲にはいない。

これはそんな私を変えた、変えてしまった「大切」のお話。


 PIPIPIPI.

タイマーの音がなる。

この音で起こされるのにも慣れたものだ。

少し寒くなってきたのでこのまま眠っていたいが、学校があるのでいやいや体を起こす。

私は普段朝食は食べないので、軽く身だしなみを整えたらすぐ学校に行く。


挨拶もそこそこに、自分の席につく。

教室はすでに活気に溢れていて、其処彼処で話し声が溢れている。

そんな中でもとりわけ人の目を引くのが七瀬ななせさん達のグループ。あそこはクラスの人気者の集まりだ。特に彼女は、成績も良く、女子の私から見ても思わず見とれてしまうことがあるくらい美人だ。属性で言うと頼れる部下みたいな見た目。背は高いけど。そして人当たりがいいという才媛だ。


「おはよう。」

「おはようございます。」


彼女はいつも全員に挨拶をする。良く気が回るものだと感心する。それが、彼女を人格者たらしめているのだろうけれど。


授業はしっかり聞いておけば試験で大変な思いをせずに済むので、ちゃんと聞いている。けれど、その日はいつもより頭が回らなかったし、ぼーっとすることが多かった。先生にあてられた時にも、何を聞かれたのか聞いていなくて、変な回答をしてしまった。寝不足かな。


「大丈夫?いつもと違って授業あんまり聞けてなかったみたいだけど、熱でもあるんじゃない?」


いつの間にか目の前にいた七瀬さんはそんな風に私に聞いてきた。


そんなことはないだろうと思っていたんだけど。

実際には発熱、38度7分。その後は授業がつらかった。脳の認識と体調は密接に関係しているらしい。

病院に行ったらインフルと診断された。その日は、家に帰ったら食事もとらず。すぐに寝てしまった。



 目が覚めると朝になっていて、少し熱も落ち着いていた。ただ、ご飯など作る気力があるはずもなく、ゼリー飲料で栄養を補給しつつ、ベットで動画を観ていた。学校に行かなくていいのは楽だな。

そんな時彼女、七瀬さんがインターホンを鳴らした。特に親しいというわけではない彼女がわざわざ見舞いに来るなんて、どうしたんだろうと思いつつドアを開ける。


「はい、お見舞い。」


学校でも人気者の彼女はかなり優れた容姿をしている。それは、一人で療養していた私にとって、まるで女神様のようだった。そんな彼女からお見舞いとして渡されたのは、経口補水液とリンゴ、ポッキー。ポッキーって乾燥してるから、病気の人には渡さないと思うけれど。

まあ、忙しい中会いに来てくれてうれしいけれど、インフルエンザがうつる病気なので、後日お礼を、ということで帰ってもらおうとした。けれども彼女は私の部屋まで来てくれた。うつるよ。


友達が少ないというわけでもないけれど、一人暮らしのため、自分の部屋に友達を呼んだのは初めてだったからなんとなく嬉しかった。

しかも、リンゴを切ってくれたので非常にありがたい。

七瀬さんは私がシャクシャクとリンゴを食べるのをじっと見つめている。食べたかったなら私が食べる前に取っておけばよかったのに。

私が食べ終わって空いたお皿を渡すと、彼女が私の名前を呼んだ。


どうしたのかと聞いた私は、


「キス、しない?」


と言われて一瞬思考が完全に停止した。その間も彼女は期待した目でこちらを見ている。そんな顔をされても困るというものだ。

とりあえず断る。そもそもなぜ、いきなりこんなことを言ってきたんだろう。


「インフルになって学校休みたい。」


ということらしい。理解不能。

どうやら、彼女はインフルエンザで学校を休むためにうつりに来たらしい。そんな事ある?

理由はどうであれ、お見舞いに来てくれたことは嬉しいのだが。そもそも同じ部屋にいるだけで相当感染確率は高いはずなので、心配?しなくてもいいと思う。どちらにせよキスはできないし、したくない。

流石に彼女もキスは無理だと思っていたのか、


「ポッキーゲームならいい?

とりあえず口をくっつけてくれればいいからさ。」


なんて言う。間にポッキーという緩衝材が挟まっているだけで何も変わっていない気がする。

いろいろと困惑してしまい、すぐ返事が出来なかった。

そのせいで、


「いいから、口開けて。」


と無理やり、口にポッキーを押し込まれる。チョコおいしい。


「いい」なんて一言も言ってないし、せめて返事くらい聞いて欲しい。

なんて考えてる間にも、彼女の顔が近づいてくる。

とりあえず頭を振って抵抗するが、頬を挟まれて固定される。

食べてしまえばいいのでは?と少しはしたないけれど口に押し込んでも、まだ代打が控えている中で無駄な抵抗であることは明らかだ。

もうだめ、三十六計逃げるに如かずとはいうけれど、後ろに壁、前に七瀬さんという状況で私にできることは、もう、ない。


いったん話し合おう。こういう場合はまず不満を直球に伝えてから、交渉に持っていくのが鉄則だ。


「いいって言ってないですけど。」

「大丈夫。するまで居座るから。」


話し合いにすらならない。泣きそう。


「大丈夫。誰にも言わないから。それにみんなやってるし、キスとこれとは別物だから。」


ファーストキスがどうたらという反論要素も消えてしまった。もう考えるのも頭が痛いので、成り行きに任せよう。

ちょっとお菓子を特殊な方法でシェアするだけだし。そう自分に言い聞かせる。

というか、早く寝たい。疲れた。


諦観の顔をしていると、それを察したのか彼女は策がはまったことを喜ぶような笑みを浮かべつつ、ベッドに腰掛ける私の隣に座り、ポッキーを箱ごと差し出してくる。

自分で咥えろということだろうか。そんなことして何が楽しいんだろう。学校では優しい人なのに、趣味が悪い。

一本取り出し、四分の一程を口に入れ彼女の方を向く。

うわ、目が怖い。


「じゃあ、いただきます。」


という声とともに、彼女と目の高さが合う。唇へ直接来る振動がくすぐったい。

そういえばポッキーゲームって勝敗はどうやって決めるんだろうなんて、他愛ないことが脳裏をかすめていたら、最後の一口が彼女の口へ消え、私と唇が触れ合う。

熱で乾燥した自分のと比べて、彼女の唇は潤っていて柔らかかった。

‥‥‥何考えているんだろう、私。

意識してしまうととても恥ずかしい。しかも接触時間を増やすためか、なかなか放してくれない。


息が苦しくなってきた時になって、ようやく離れてくれた。キスをする時って口はもちろんだけど、鼻からの呼吸も止まるんだと初めて知った。

あ、違う。これはキスじゃないけど。

恥ずかしさで顔から火が出るので、枕に顔をうずめていると、


白世あきよさん、かわいい。」


よくそんなに恥ずかしいことをぬけぬけと。

確かに自分は小柄だとは思うけど、同学年の女子に面と向かってかわいいと言われるとは。

虚しくなってくる。枕をぶつけておこう。


「でも、まだ足りないかな。」


足りないらしい。こちらの身にもなってくれと思うが、聞いてくれるはずもない。それでも若干の抵抗を試みる。

が、体を起こされて、二本目が口の中へ。病人ということを忘れてるな。


一度目ほどではないにしろ、唇があった瞬間は頭が朦朧とする。

緊張というか恥ずかしいというか、クラスメイトにこんな顔を見られたくないし、寝る必要があるのは確かなので、


「もうやめてください。恥ずかしいです。」


切望。


「ん~、じゃああと一回で終わりにするよ。」


最後の一本を押し込まれた。

それを名残惜しそうに、少しずつ食んでいく彼女は絵になりそうだった。こんな状況でなければ。

唇が合うというのは、相手の顔が真正面にあるというわけで、言い表せぬ恥ずかしさがある。

慣れないものだ。慣れたくはないけれど。


‥‥‥なかなか放してくれない。精神的にも呼吸的にも限界が近づいてくる。頭を掴まれているので、首を振ろうにも動かない。

そうして、どうやって離れるかに意識を向けていたせいか、口が緩んでいたみたいだ。

七瀬さんに口内からポッキーを引き出されてしまう。


「いやっ」

「大丈夫。ちゃんと甘いよ。白世さん。」


もう何が何だか分からなくなった。

私はそのまま意識を手放した。



 瞼を開けると、目の前に七瀬さんがいた。


「起きたんだ。良かった。」


と私の意識をノックアウトした張本人が微笑んでくる。外を見るともう陽が傾き始めていて、数時間は眠ってしまっていたことがわかる。

意識を失うまで呼吸を奪ったことを責めるべきか、ずっとそばで見ていてくれたことに感謝すべきかを悩んでいると、七瀬さんがお皿に入ったリンゴと飲み物をくれた。

少し元気が出た。奇行がなければ、優しい人だったのに。残念だ。

私の体調にこれといった問題が生じていないことを確認したらしい彼女は、


「問題なさそうだから、私帰るね。

それと、白世さんが学校に行ったときにもし私が休んでいたら、お見舞いに来てくれたらうれしいな。」


と言って帰ってしまった。

行かねばなるまい。


面倒なことになっているであろう数日後の私に思いを馳せつつ、睡眠をとろうとするが、先ほどまで眠っていたので眠れない。

ぼーっとしていると先ほどのことを思い出してしまう。


「はぁ。なんだったんだろ。」


思わずため息をついてしまう程には、ショックだったようだ。

お見舞いに来てくれた同級生に、インフルエンザをうつすためにポッキーゲームという名の口づけをしてしまった。思い返すだけで顔から火が出るし、未だに自分でもよくわからない。


あんなことを気にせずにできるのが恋人というものなのだろうか、というのがその日の私の最後の思考だった。

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