帝都あやかしロマネチカ~半人前のナマナリ少女はレトログルメを堪能したい~

米織

序章:「生成秘話」釈義

「生成秘話」釈義:第一話

「――……、が……いんだ! オ……に逆ら……から!!!」


激しく上下に揺さぶられて、すうっと目が覚めた。耳元で、ガラガラした声がぎゃんぎゃん騒いでるのがうるさくて仕方ない。

……ああ、そうだ。引き取られた先のドラ息子に空き部屋に引きずり込まれて、乱暴されそうになったから抵抗して……。そしたら「生意気だ」って殴られて、倒れた拍子にタンスに頭をぶつけたんだ。

それで、私が死んだのなんだのとドラ息子が騒ぐ声と、川に投げときゃわからんだろって声がして……というところまで思い出した瞬間。耳元で聞こえたザブンという水音と共に、全身が冷たいモノで押し包まれる。


「――――っっ!?!?」


圧倒的な水流に抵抗もできないままもみくちゃにされる。着物の袂や裾が身体に絡み付く。

さっきの会話の通り、家の近くの川に投げ込まれたんだってわかった。

口封じどころか、事件そのものを隠蔽しよう、っていう腹積もりなんだなぁ。

……それじゃあ…………このゴボゴボっていう音は、もしかして私の口から出てる音? 藻掻く力もないのに、私、まだまだ呼吸しようとしてるのか。

殴られた頬っぺたも、その拍子にぶつけた頭も、さっきまで痛くて熱くて仕方なかったのに、今は何にも感じない。不思議と、苦しくもなんともない。

ああ……そんなに長く生きたわけじゃないけど、思い返せばろくでもないことが多かったなぁ。幸せなことも確かにあったはずなのに、辛いことばっかり思い出される。


「      」


おかあさん、って言おうとしたけど、あぶく混じりのゴボゴボっていう音にしかならなかった。

……お母さん……お母さんが生きてた頃は、楽しかったのになぁ。お母さんが死んでから、本当にろくなことがなかったんだよ。

お母さんが死んで、遠縁に引き取られて………結局、あんなドラ息子に殺されちゃうしさぁ。

それでも、一矢報いてやった。襲われた時に、散々に引っ掻いてやった!

その分めいっぱい殴られたけど、最後にガブリと噛みついてやった!


「…………ふふふ……っ……」


水の中にいるのに、思わず笑いが漏れる。

あいつの血の匂いでいっぱいだった口の中が漱がれて、ちょっと気が晴れた。

…………でも、やっぱり悔しいなぁ……!

お母さんが私に、って残してくれたもの、みんなみんなあいつらにとりあげられて、目茶苦茶にされちゃった。

私のために縫ってくれた巾着も、晴れ着も、なにもかにもみんな。その上、お母さんのお店まで私から取り上げて……!

それを思うと、もっと強く噛みついてやればよかった! それこそ、あいつの肉なんか噛み千切っちゃうくらいにさぁ。


「………………………………」 


あー……でもなぁ。私がそんなことしたら、お母さんは悲しむかな? お母さん、とっても優しかったからさ。

それに、私が生まれる前に死んじゃった父さんも優しかったらしいから、娘がそんな野蛮なことしたんじゃショックを受けちゃうかも。


「――――っっっ!」


残った力を振り絞って目を開けたら、揺らぐ水面越しに金色の月が見えた。水か涙かわからないけど、じんわり溶けて滲んで……普段より大きくぼやけて見える。

最期の最期に見たのがこんなにきれいな景色だなんて……なんだか皮肉なものね。

でも、こうしてきれいなモノを見ながら消えられるなら、それはそれで…………。

………………。

…………………………。

……………………………………ううん。そんなこと、できない。

消えゆく意識の奥深くから、黒く重く熱いモノが「このままじゃ終われない」とふつふつと込み上げてくる。

私が大事にしていたものを、私自身すらも、ゴミのように扱ったあいつらを許せない……!

例えこの身が朽ちようと、この魂が悪鬼羅刹となろうとも……七代どころかその先の、産みの子の八十続きに至るまで、みんなみんな祟り殺してやる……!


「この恨み、晴らさでおくべきか……!!!」


最期に吐き出した言葉が、あぶくと共に昇っていって水面の月を掻き壊す。

崩れた虚月から零れるのは、金の粒か、金剛石の欠片か……。そんなキラキラしたものに、ふと身体が包まれた気がした……。


*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+


ポコポコ……コポコポ……。水の音が耳の奥に響く。

今の自分が寝てるのか、起きてるのか……今の私にはよくわからない。ただ、クラゲみたいにふわふわ漂ってる。それが、凄く気持ちいいの。

川底の蟹の子らの笑い声につられるように、頭の中でパチンとシャボン玉が弾けた。

その拍子に、頭の中で何かが閃く。

――それは、私ではない誰かの記憶だった。今ではない時代、此処ではない場所で生きていた、女の人の記憶。

家族に可愛がられて、学校では友達と一緒に勉強したり、遊んだりして……。なんだか、とっても楽しそうだった。

大人になったら、地元情報誌の女記者みたいな仕事をしててね。あちこち飛び回ってたわ。

職業婦人なのね、って思ったんだけど、私以外にも女の人がいっぱい働いててね。それが普通なんですって。

その上、好きな本を買いあさったり、旅行に行ったり、凄く自由だなぁって思った。


『はー、もう! マジであのセクハラ老害オヤジなんとかならんか!』


時々、男の人に嫌なことされて怒ったりもしたけど、友達同士で愚痴を言い合って発散もさせてたわ。

結婚こそしてなかったけど、楽しそうでいいなぁって思ったの。

……それなのに……。

冬のある日、その人は凍ってた階段で足を滑らせて、そのまま儚くなっちゃった。

自分が取材に行って、記事を書いて、紙面を編集した雑誌が発売されるっていう、その日に。


『あーあ、やっちゃったぁ……!』


……って思った途端に、また頭の中でシャボン玉が弾ける。

今度出てきたのは……私だった。おくるみに包れて、お母さんに抱かれてる。

……え、待って……どういうこと!?

混乱する私を他所に、頭の中のシャボン玉が弾けるたびに私はどんどん大きくなっていく。

ハイハイして、ヨチヨチ歩いて、走り回るようになって…………あのドラ息子に川に投げ込まれたところで……目の前が完全に真っ暗になった。

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