雷人一閃
寒いはずの体育館が熱気に包まれた。声援も凄い。特別強豪校でもない公立校同士の試合だったが、応援に来た者の入れ込み方は半端ではなかった。
そしてその中にあっても祖父の
「もっと押せ!」
「気合いが足りんぞ!」
「抜き胴じゃ!」
「そこで突き!」
「突き無しのルールなんだがな。始めにそう確認していただろ」俺は呆れていた。
そして両校互いに譲らず、二勝二敗で大将戦になった。
相手の大将が緊張しているのが手に取るようにわかった。
県内の同学年で雷人の右に出る者はいない。いや、関東地区に広げてもそうではないか。
それは中学時代からで、実際雷人は剣道の強豪校から勧誘されていた。
それも複数。そうした勧誘を蹴ってこの公立校に進学したのだ。
雷人にとっては剣道が全てではない。
相手方大将は雷人より少し背が高かった。その差約三センチといったところか。
「こりゃ、もう勝負あったな」
ふたりが構えた瞬間に俺は呟いた。
雷人はほとんど動かないのに相手は右に左に動いて、まるで雷人のまわりをぐるぐるまわるような動きをしている。明らかに相手はやりにくそうだった。
「間合いが違うのね」飛鳥もわかっていた。
「どういうこと?」西銘が訊いた。
「雷人よりも相手の間合いが長いんです。竹刀が届く距離が長い」
「その方が有利なんじゃないの?」
「そうなんですが、それは速さや足さばきが互角で言えることで、どちらも雷人が上回っている以上どうにもならない。今は雷人の間合いで向き合っています。始まってすぐに雷人の間合いになっちゃったんで、相手はそれを嫌がって動いている感じです。あれじゃ、面を打っても竹刀の根っこがあたるので一本にならない。だからといって後ろに下がるとすぐに詰められる。下がり続けるわけにもいかないので横へ動いたりして、ぐるぐる動いているわけです。そうなると雷人は円の中心にいて、相手は弧を動くことになり、体力も消耗しやすいですね」
中段の構えで向き合ったまま双方ともなかなか手を出さない。しかしその実態には雲泥の差があった。
「これで雷人が負けることはないのですが、いつまでもこうしていられないので、そろそろ
雷人が竹刀をわずかに揺らした。
横へ動いた相手が一瞬で踏み込んだ。
「「
ほぼ同時に叫んだにもかかわらず、決まったのは雷人の小手だった。
「うは、あんな簡単にひっかかるとは」俺は呆れた。
相手の間合いになった瞬間、雷人は間合いを詰めずに自分の右小手に隙を作った。
相手はそれをチャンスととらえて小手を狙って手首を返した。
その刹那にはもう雷人は自分の間合いに移動していて相手を上回る速さで相手の小手を打ったのだった。
竹刀さばきと足さばきの神速があってこその芸当だった。
始まってしばらくは構えていただけなのに勝負は一瞬でついた。
そうなると相手はもう思い通りに動けなくなった。雷人の足さばきが凄すぎてどうしても自分の間合いになれない。
しかも雷人には隙がないのだ。もし隙ができたとしてもワナかもしれないと思うと踏み出せないのだった。
二本目は、相手の足が一瞬滞った瞬間、雷人の小手打ちが炸裂した。
「あっさり決まったな。面白くない」
「そんなこと言う?」飛鳥がむくれた。
「力の差がありすぎる。足さばきとスピードだけで勝ってるよな。意外性が微塵もない」
「だったら
「俺は隙だらけだから話にならん」俺は笑った。
「意外性があるんでしょ?」
「ないない、へへ」
「よくわからないけれど楽しそうね」微笑む西銘だったが目は笑っていないように見えた。
「先生、目が怖いです」俺は遠慮がない。
「そんなこと、ないわよ」西銘は目を細めた。
その後は両校による稽古だったので、応援者は三々五々帰っていった。
体育館の隅で剣道部員たちが互いを
雷人の横に
それを興味深げに見る西銘を俺は横目で見ていた。
やがて西銘は視線を飛鳥に向けた。「お兄さん、とっても格好が良いわね」
「はい。畏れ入ります」
目を細めて向き合う西銘と飛鳥がまた怖い。
「女はこええな……」俺はボソッと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます