三月、静かに流れる時

 三月に入った。すぐに定期試験があった。

 俺はいつものように平均的な成績をおさめた。いや、平均点よりは少し下かな。悪ダチどもに差をつけるわけにはいかないしな。

 俺の成績が平均もしくは平均より少し下だということはあまり知られていない。

 クラスの平均点を押し下げる悪ダチどもに紛れているから俺もまたそういう成績だと思われているだろう。

 しれっと普通の生徒並の点はとっている。

 ただ、数学だけが赤点ギリギリだった。またしても難問に時間を費やしたからだ。

 しかし蒔苗まかないに釘を刺され、赤点はとれない状況だったので、簡単な問題も必要最低限は解いておいた。それで三十八点だ。

 得点調整ができることを蒔苗まかないらに知られてしまったが仕方がない。

 目立たない成績をおさめておくのは陰で暗躍する昼行燈ひるあんどんには必要なことだ。

 おっと、また中二病が発動しているな。


 三月の大きな学校行事は残すところ卒業式のみとなった。

 部活をしていなかった俺に三年生の知り合いは少ない。神津真冬こうづまふゆだけが見送る相手といって良かった。

 真冬は京葉大学に合格したようだ。本人の口から直接聞いたわけではない。佐内一葉さないかずはから聞いた気がする。

 ふつうに行動していて学校で真冬に会う機会はない。

 だから俺は気紛れを起こして真冬に会いに行った。

 いや、会いたくて会いに行ったのだ。会いたくなったら何かと理由をつけて顔を見に行く。それくらい真冬は俺にとって特別な三年生だった。


 あらかじめメールで連絡を取り合い、またしても生徒会室で落ち合うことになった。

「合格おめでとうです」

「ありがとー。とっても嬉しいわ」

 生徒会役員が何人かいたがいつものように空気になっている。少なくとも、逢瀬の場に使うなよといった顔はしていないと俺は解釈した。

「四月から京葉大生だよな。アパート借りるのか?」俺のタメ口は健在だ。

「それがね、はじめは自宅通いになるのよ」明らかに残念そうだ。

「だよなー、通学できるものな。バイト先に自宅から京葉大通ってる子がいるし」そう言ってから思い出したように三森菜実みもりなみの名を出した。

「ひとつ上の先輩じゃないの、知ってるわ」

「茶髪のヤンキーになってたぜ」ヤンキーは大げさかな。

「ホントに?」

「真冬もそうなるんじゃね?」

「そうだねえ、イメチェンも良いかもね」真冬は暢気に笑った。

 生徒会長をしていたこともあり、真冬は髪を染めていなかった。黙っていれば清楚系で人目を惹く。

 俺はそんな真冬が見たくてこうしてときどき真冬の顔を見に来たりしていたのだが、髪を染めた真冬も観てみたいと思った。

「合格祝い、何かするぞ。バイト代もそれなりに貯まってるし」本当はホワイトデーの返しを考えていた。「何が良い?」

「それ、ここで聞く?」真冬は珍しく人目を気にした。

 生徒会役員たちは見ていないふりをしてしっかり聞き耳をたてていた。

 きっと彼らは黙っているように言い聞かされてはいるが、聴いてはいけないとまで言われていないのだろう。

「じゃああとでメールで教えて」俺は笑った。

「そうするよ」真冬も俺だけに見せる微笑を返してくれた。

 結局、短い会話だけで済ませて俺は生徒会室を出た。

 真冬の尊顔を拝見できただけで良しとしよう。


 気分よく歩いていたら、渡り廊下で西銘にしなと出くわした。

 相変わらず唐突に現れるヤツだ。狙ってやっているのか?

 寒いから挨拶程度でやり過ごしたかったのだが、西銘の方が俺を引き留め、何やら意味ありげに言った。

「さっき体育館の出入口でもう一人の鮎沢くんを見たわ。胡蝶こちょうさんと一緒だった。何か込み入った話があるみたい」

 俺が動揺するか観察している顔だ。

「同じクラスだし、話くらいするでしょ」

「良いのかな、ほっといて」

 西銘の含み笑いは無気味だ。授業中の西銘とは明らかに別人だった。

「わかりましたよ、ありがとうございます」俺は手を上げて西銘に背を向けた。


 別に、なるようにしかならない。落ち着くべきところに落ち着く。それは仕方のないことなのだ。

 言われた通りに体育館入口に行ってみると、まだ寒い日中、言葉少なに向き合う雷人らいと日和ひよりがいた。

 何を話し合っているのか、わかるような気がした。

「まあ、そうなるよな」

 俺は結局二人に声をかけずにきびすを返した。

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