編入試験①
「それにしても、遠すぎる……」
俺は既に疲れていた。
朝五時に起床した。九時半までに現地に到着しなければならない。
千葉の佐原にある家から東京の西の
そして東京駅からは在来線を乗り継ぐ。毎日通うなど無理ゲーだ。
「あした入学試験じゃったのう――」入試じゃねえし。
「――忘れ物するなよ。受験票とかな」俺に言うの忘れているじゃん!
まともに相手をすると疲れるだけなので、俺はおとなしくうなずいてやり過ごした。
その前日に叔父から話を聞いていなければ、いや
そうしてやっとの思いで到着した学園の最寄り駅はそれほど大きいものではなかった。
佐原に比べれば都会には違いないが、駅から少し歩くと閑静な住宅街といったところか。ただやはり人影はそれなりにいる。
スマホのマップを見ながら速足で歩く。
徒歩十分から十五分もしないところにその学園はあった。
私立
中高一貫校だが、高等部は半数が外部からの入学生で、高等部の生徒数は一学年三百名にものぼるらしい。
マンモス校だな。
その日は試験日で通常授業はないようだった。
静かな校内に生徒の姿は数えるほどしか見かけなかった。元女子校だった名残なのか、ちらほら見かける生徒の大半が女子生徒だった。
校内地図をもとに控え室を訪れると、同じように編入試験を受けに来たらしい様々な制服姿の受験生を見た。その数、二十人ほど。
しかし女子生徒ばかり。男子は俺一人なのか?
年度の変わり目に編入してくる生徒など一人か二人と思っていた俺は、意外と多いものだと思ってしまった。いや、中等部の受験生もいるようだからこんなものか。
女子生徒たちは互いに話をすることもなく、距離をとって静かに着席し、参考書に目を通したり、瞑想に耽ったりしていた。
こういう雰囲気は苦手だ。
ここにいる受験生もみなそうなのか? そうでないとしたら父方祖父の一族の権威は学園を凌駕するものなのだろう。
英語と数学の試験を午前中に行い、昼休みを挟んで午後から面接という段取りになっていた。
しかし、形だけだと聞いていた試験問題は簡単ではなかった。
できねえ。俺は冷や汗をかいていた。
ふだんから真剣に試験問題に取り組んだことはない。適当に赤点にならない程度に手を抜いて受けてきたが、それでも通用するくらい勉強はできたのだ。
しかし今回のは真面目にやっても半分もできないレベルだ。下手すれば三分の一だ。立派な入試問題じゃねえか!
話が違うだろ、それとも赤点でも合格するのか?
俺は
どうにか英語は五割得点できるかも、という程度に答案用紙を埋めた。
そして短い休憩時間になる。次は数学だ。
俺は何気なく周囲を見た。
それぞれ学年が異なる女子生徒たちは平然としていた。
学年が異なるから試験問題も異なる。問題の難易度も違うのだろうか。
俺のだけが難しい? そんなことはあるはずがない。
そもそも受験勉強をしていないからな。俺は開き直った。
こうなったら破れかぶれだ。なるようにしかならない。
俺は腹をくくった。
そして迎えた数学。
試験時間は80分。大問が四つだから一つあたり20分ということになる。
大問ⅠとⅡは共通問題。ⅢとⅣは選択問題となっていた。
試験範囲は中学数学と高校数学のⅠとA。おそらく学校によって授業の内容や到達度に差があることを配慮して選択問題としているのだろう。極端な話、中学数学の範囲だけでも大問のⅢとⅣは解くことができるようになっていた。
しかしパッと見たところ、中学数学の範囲で解ける問題は立体を斜めに切断して断面の面積やら立体の体積を求めたり、やたら計算で時間を消費する問題があったりして俺の好みではなかった。こういうのは時間をかけさえすれば正解が出るものだ。
一方、高校数学Ⅰの選択問題の中に、関数とグラフの問題に見せかけて、幾何分野のメネラウスの定理を使うと簡単に解けたりする問題があった。そんなやり方ありか?
まあ、いいや。もうどうでも良い。それなら好きな問題を解こう。
俺は共通問題をちょこっと解いただけで、挑戦しがいのある難問にとりかかった。
得点なんてどうでも良い。この難問が解いてくれと俺に言っているのだ。それに報いない手はないだろう。
そうして試験は終了した。
受験勉強をしていない割にはよくできた方だ。
控え室になっている教室へと移動した。
昼休みを挟んで午後から面接だった。
他の受験生が手持ちの弁当箱を広げる中、俺はここへ来る途中慌ててコンビニで買ったおにぎりを頬張っていた。
教室は私語ひとつなく静まり返っている。場違いなところにいると思いながら、こっそりと周囲を観察した。
自分以外全員女子生徒。それぞれ異なる学校の制服姿だったが、なかなかの美少女揃いだった。
中でも、ショートボブの子が特に目立っていた。
この制服は確か
その聖麗女学館から編入するとはどういう事情があるのだろう。
聖麗女学館は全国に多数校舎があるし、寮もあったから親の転勤にともなう転校のケースは皆無ではないのか。
何かやらかしたのだろうか?
そんなことを考えていたら、その少女が不意に俺の方を向いた。
目が合ってしまったぜ。怖いくらい綺麗な顔だ。
色白の整った顔立ち。表情がなく、クールビューティーといった感じだ。
俺は少し間をおいてから目を
眼鏡をなおすふりだ。下手に目をそらすとガンを飛ばしたと思われるからな。思われねえか。
今さらだが、この眼鏡も
詰め襟の制服のボタンを全て留めたのも初めてだ。窮屈この上ない。
これから午後の面接で優等生を演じなければいけないと思うと緊張してきた。
ひと月ももたずにもとの家に帰ってしまう予感すらあった。
午後の面接時間になった。
面接は一人ずつ個別に行われるので呼ばれるまで控え室で待機していることになる。そしてわかったのが、俺が編入する新年度の高校二年生は俺と聖麗女学館の制服を来ていたショートボブの彼女の二人だけだった。
三年生の編入はないようだったので、俺と彼女の二人がここでは最も年長組だったことになる。
この子と同級生になるのか。それも悪くないかな。
やがて面接に呼ばれた。
おもむろに立ち上がり、彼女のそばを通りかかった時、不意に彼女が俺の方に体を向け、片手を
「あんた、その髪、自分で染めたの? 金髪の染め残しがあるんだけど――」
ギョッとして目を見開いて俺は彼女を見た。
フッと馬鹿にしたような笑みを浮かべて、彼女は素知らぬ振りをするかのように前を向いて姿勢を正した。
頭が真っ白になってしまい面接で何を話したか覚えていない。気がつくと面接は終了し、俺は面接室から出ていたのだった。
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