幼少期からの癖

 八時半、コンビニ内にはそれなりに客がいた。地元の高齢者、ひとりでぶらりと来た若者、小学生くらいのこどもを連れた女。

 俺は雑誌コーナーに三森みもりを連れていき、囁くように言った。

「外にいる連中は今日来た客なの?」

 三森がガラス越しに外を見た。その視線の先に自転車から下りた三人の若者がいた。

 革ジャンやらスタジャン、ファー付きジャンパーなどを着た高校生に見える。何か一言二言話しながら店に入ろうとしていた。

「そうよ。どこに住んでるの? とか、しつこかった」

「じゃあ出よう。すぐについてくるなら話をつける」

 俺は三森菜実を引っ張った。

 三人組が入ってくるなり俺たちは出た。

 すれ違い様にひとりが目を大きく見開いた。

 俺たちがとめていた自転車のところに行くと、ひとりがすぐに追って来た。

「なんか用すか? おいらに」俺はやおら振り返り、真っ直ぐにそいつに向き合った。

 後から二人も出てきた。

「そっちの子に用があるんだよ、なあ」

 最初に出てきた男が後ろの二人を振り返り、そのうちの一人に言った。

 どうも用があるのは二人目の男のようだ。

「こっちは用がないっすよ」

「なんだ、お前、関係ねえだろ」一人目がガンを飛ばして来た。まるでさまになっていない。

「俺の彼女なんでね」俺は三森を振り返り、ニコッと笑った。

 三森は黙って頷いた。表情は硬い。

「ウソ抜かせ!」

 一人目がポケットに両手を突っ込んだまま上体を俺にこすり付けるようにした。

 手は出していない。威嚇のつもりか?

「絵に描いたようなモブ男だな」

 俺は小さく呟いた。

 男たちには聞こえなかったようだ。

「ホントよ、だからもうかまわないで!」三森が強い口調で言い放った。

「だったらここでキスしてくんない? 彼氏ならできるだろ?」

 少女漫画かよ。あまりに幼稚な発想に俺は呆れた。

「恥ずかしがりやだから人前では無理だな」俺はそう言って三森を見た。

 三森菜実みもりなみは顔を固くしていたが、どこか覚悟を決めたような顔になった。

「できねえんならウソだな」

「できるわ」三森が俺に近寄る。

 暗がりの中、店内から漏れる灯りに照らされた三森の真顔はゾッとするほど美しかった。

 良いのかよ、知らねえぞ。

 良いのなら遠慮なく動く。意を決した俺は迷いがないのだ。

 三森の背中に腕を回し、少しのけぞり気味の三森の顔に顔を近づけ、その唇を思い切り良くいただいた。

 ゆるく開いた唇の間から舌まで捩じ込む濃厚なキスに、それを見せられた男三人は呆気にとられたようだ。

「ホントにしたぞ、こいつ」

 ひとりが言った。それは三森の心の声であったかもしれない。

「これで良いっすか?」俺は男どもに爽やかに微笑んだ。

 三森菜実は、茫然と恍惚の入り混じった表情で俺の腕に抱かれたままだ。

「ちぇ、なんだよ、つまんねえ。しらけちまったぜ」

 目の前の男は後ろに下がった。

 しかし二人目の男はそれで納得はしなかった。

菜実なみに何すんだよ」いきなり俺に殴りかかった。

 反射的にける。予感はあったからな。

 空振りした男は、無様にもその勢いを殺せずに足をもつれさせて転倒した。

「お前!」一旦引いていた一人目が再び目をいた。

「俺、何にもしてないっすけど」

 俺の言うことに耳も傾けず、一人目が俺めがけて拳を放つ。

 しかし、それも俺の顔を捉えることはなかった。

 寸前で俺の見切りが発動。

 俺は相手の顔があるところへ頭を移動させた。結果としてそれが頭突きになっていた。

「あ、ゴメン」俺はすっとぼけた。

 三人目が俺に襲いかかった。

 仕方なく俺は襲いかかる男の勢いを利用して体落たいおとしをかました。

 わずかの間に三人の男が地に這いつくばっていた。

「うわ、やっちまった……俺、悪くないすよね?」俺はしゃがみこんで一人目に訊いた。

「お前、強いな……」ひたいを押さえたまま一人目は唸った。

 空振りで転倒した二人目は両手をついたまま茫然としていた。

 その様子を三森菜実は俺の肩越しに見ている。

 どうもこの二人目と三森は顔見知りのようだと俺は思った。

「実は知り合い?」三森に訊いた。

 三森は頷いた。「近所の子。中学は一緒だった」

「ストーカー?」

「違う!」二人目が俺たちに向けて叫んだ。

「こいつはずっとそのお姉さんが好きだったんだよ」最初の男が代わりに答えた。

「もう諦めな……」男は二人目を立ち上がらせた。

 三人はとぼとぼ歩いて自分たちの自転車に跨がった。


「良かったのか?」

「うん、良いの、これで」

「にしても、知り合いならそう言ってくれても」

「顔を知ってるだけだもの。接点はなかったの」

「俺、手を出さなくて良かったよ。最悪警察沙汰になるところだった」

「鮎沢くん、やっぱり強かったのね?」

「柔道、剣道、空手全て初段。合わせてケンカ三段。おっとこれはだ」いつもの台詞を言ってみた。

「バカみたいよ」三森菜実は笑った後、思い出したように真顔になった。「それより、あのキスは何? 舌まで入れて良いなんて言ってない……」

「ゴメン、つい幼少期の癖が出てしまった」

「そんなクセ信じられない」

「て言われても、幼稚園の頃からずっと挨拶代わりにこれだから」

 三森菜実は言葉を失っていた。

「ちょっと気になった子にはみんなこうしてきた。それで女の子が泣いたことがあったけど、どうして泣くのかわからなかった」

「あんた、なの?」

「何とでも言って」俺はまた爽やかに笑った。


 そんなことがあってから俺はバイトが終わった後に三森菜実と時々話し込むようになった。

 そして自分の生い立ちと訪ねてきた叔父の話をした。

鮎沢あゆさわくん、ドラマの主人公みたいな境遇だったのね……」

 店の制服を着た茶髪の三森菜実は一見ヤンキー風だったが、中身は国立大生だった。面倒見の良い姉のような顔で俺を見た。

「あっちのじいちゃんには一度は会うべきとは思うけど、その後はどうなるかわからないんだ。向こうの家族とは一度も会った記憶がないし、俺はこっちのじいちゃんの養子で叔父一家に育てられた恩もあるしね。でも大工になるつもりはないよ」

「何かしたいこと、あるの?」

「ないんだけどさ。特に将来の姿が浮かばないんだよ」

「まだ高一じゃあ、なくても仕方ないよね」

「だろ?」

「向こうの家の様子や事業の中身を見せてもらったら? それから考えても良いと思うんだけど。考えて出た君の意思を今のおうちの方が尊重しないはずがないわ」

「そうだよな」

「そうよ」

「話して良かったよ。さすがは頼りになる姉貴、ありがとな」

「当然よ――てか、姉貴じゃないし。彼女だし」

「え、その設定、まだ生きてるの?」

「当たり前」

「でも俺、他に好きな子いるんだけど」

「え?」

「同級生」

「ショック~!」三森菜実はへなへなと崩れ落ちた。「あれは何だったの……」

「あれって?」

「知るか、ボケ!」三森は怒ってどこかへ行ってしまった。

 歳上の女をいじるのは楽しいと俺は思った。


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