イベント翌日の学校

 翌日登校してみると悪ダチのひとり軽部かるべが絡みに来た。

「どうだった? 何個貰えた?」チョコの話だ。

「身内入れて五つかな」内訳は日和ひより一葉かずは真冬まふゆ飛鳥あすかに叔母の玲子れいこだ。

 誰からかを明かすつもりはなかった。軽部も訊かなかった。

「俺は何とか十個せしめたぞ」数で勝ったことを自慢したいらしい。

 あれだけ動き回ってればな。俺は冷笑した。

胡蝶こちょうさんから貰ったのか?」軽部はそれが気になるようだ。

「お母さんと一緒に家まで届けに来たよ。どうもあちこちに配っていたようだ」

「家の付き合いがあると有利だな」

「有利とか不利とかいう問題なのか?」

火花ヒバナは量より質だな。あの胡蝶さんに加えて神津こうづ前生徒会長からも貰えたなんて」

「何でそんなこと知ってる?」

「もう広まってるぜ。昨日放課後生徒会室まで神津さんを訪ねたんだろ。神津さんが年下に渡すなんてあり得ないってもっぱらの噂だぜ」

「真冬は幼馴染みだからな」

「おお、呼び捨て、呼び捨て」

「ずっとタメ口だ」

「すげえなあ」

「付き合えてもいないのに何がすげえんだよ」

 俺はけっこう年上の女も好きだった。神津真冬なら文句なしだ。

 しかし小学生のころちょっとやらかしたせいで、そういう間柄にはならなかった。

 軽部はその後も何やら俺に語っていたが、ヤツの言葉は俺の耳を素通りしただけで終わった。

 他にも悪ダチどもが入れ替わり立ち替わり俺を取り囲みに来た。

 俺はその相手を根気よくした。

 そして担任の芦崎あしざきが姿を見せてようやく事態は収拾した。


 その日の午前中に西銘にしなの授業があった。

 まもなく新卒一年目を終えようとしている西銘は、どうにか教師らしい落ち着いた授業ができるようになっていたが、生真面目で教科書ガイドに則った、面白くもない古文の授業だったので、寝る者もいた。

 一部の西銘ファンは西銘のまだ女子大生の雰囲気が残るリクルートスーツを鑑賞していた。

 それが擬態だと知っている者は少ないのかもしれない。

 膝上十センチのスカートにベージュのストッキング。清純な雰囲気に見えなくもない。

 ただ、時折俺に対して送る視線がどこか意味ありげで、昨日下校時に釘を刺したことが影響しているのは明らかだった。

 俺は知らぬ振りをして古文の授業をおとなしく受けた。

 休憩時間になり、トイレに入って出たところで佐内一葉さないかずはに声をかけられた。

西銘にしな先生と何かあったの?」

「ん? なんで?」

「西銘先生、火花ほのかを見てたよ」

「俺のこと、好きなのかな?」

「バカじゃないの」

「バカだ」

「何かしたでしょ? チョコくれとか言わなかった?」

「言えば良かったなあ。くれたかも」俺はマジで後悔した。

「あの先生、気をつけた方が良いよ。結構性悪しょうわるだよ」

「女子にはそう見えるんだな」俺にもそう見えるようになってきたけれど。

「みんなじゃないけどね。あの先生、生徒が青春している姿が気に入らないみたい。カップルなんて見かけたらその仲を壊したくなるのよ、きっと」

「それは言えてるかもな」

 だから蒔苗まかないに近づいている、それも芦崎あしざきの見えるところで。

 しかし真意はまだ見えない。蒔苗がどれだけ芦崎に対して本気なのか見極めようとしているのか、モテる芦崎に嫉妬しているのか、それとも本当に蒔苗のことが好きなのか、今のところわからなかった。

「単にぶっ壊したいだけなのかもな。病んでるな」

「目を付けたら女の武器を使いそう」

「使って欲しいな」俺は笑おうとしたがわき腹に拳が入った。「いて!」

「大人をなめちゃダメだよ」

「俺の方が舐められたい、イテ!」何度でも一葉の拳が入る。「容赦ないなあ」

火花ほのかにはこれくらいしないとね」

 他の生徒が通りかかったので、俺たち二人は距離をあけた。

「俺のピンチには一葉のヘルプが必要だ。頼りにしているよ」

「あ、そ」一葉はぶっきらぼうに答えて、踵を返した。

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