ハラカラ ―火花奔放―

はくすや

火花(ほのか)

 放課後、下駄箱前で上履きを脱いでいたら「ヒバナ」と声がかかった。

 振り向くと、よくつるむ同級生が数人。

「カラオケ行かね?」という誘いだ。

「わりい、今日、バイトだ」俺は答えた。

「そうか、じゃあ、またな」悪ダチどもは去って行く。

 俺が通う公立高校は、その地域では比較的偏差値の高い学校だった。通学圏内では偏差値二番手。これが県庁所在地あたりになると五番手くらいになってしまうのだが、田舎ではそんなものだ。

 何が言いたいのかというと、中途半端に偏差値が高いと種々雑多な生徒が集まる。

 真面目に進学を考える優等生が多くいる一方、制服を着崩したり、目立たない程度に髪を染めたり、あるいはバイトをしている生徒もいた。

 生徒の自主性を重んじる、自由な校風だった。

 自由な校風で無法地帯にならないのは、生徒の質がそれなりに保たれているからだ。

 多くの生徒は真面目に上品なスクールライフを送っている。

 ただ、俺と悪ダチどもは、どちらかというと羽目を外す方だった。

 いや、まじめな連中の目には俺たちはヤンキーに見えたかもしれない。

 街中にいたら普通の高校生でも、ここでは不良扱いされたりする。そうした位置づけは相対的なものだ。

 下手に偏差値が高めだったりすると、俺たちは底辺層になる。陰に潜みたい俺にとっては願ったりの話だった。

 表の顔は劣等生。しかしその実態は陰で全てを統べる実力者。

 そんなことを毎日考える俺は中二病の一種を発病しているのかもしれない。


 俺はバイトをしていた。バイクの免許も持っていて、バイト先にはバイクで通っていた。

 俺が住んでいるのは、茨城県との県境に近い利根川下流、水郷の街だ。

 地域の移動手段としてバイクが必要な生徒もいて、免許の取得について学校は寛容だった。実際。原付で通学している生徒もいた。

 しかし俺がバイクに乗ると明らかに不良に見えてしまうので、俺は自転車で通学するようにしている。

 俺は俺で学校に気を遣っているのだ。


 二月になっていた。

 高校に入って初めての二月。それが生徒たちにとってざわつく季節なのは中学の時と変わらなかった。

 もうすぐバレンタインデーだ。クリスマスや正月と同様、単なる季節の風物詩なのだろうが、俺の高校でもちょっとうわついた気分になる生徒が少なからずいた。

 俺をカラオケに誘った悪ダチどもは、女子からもらうチョコレートの数を競うつもりでいるようだ。中には仲の良い女子数人に根回しして義理チョコをもらう約束をとりつける強者つわものもいた。

 俺はそれを遠目で見ていた。


 靴を履きかえて校舎を出たところに学級委員の佐内一葉さないかずはがいた。

鮎沢あゆさわ君、バイトなのね?」赤い眼鏡をかけた頭の一葉かずはは、姿で俺に話しかけた。

「ああ」

「毎日大変ね」毎日でもないけどな。

「寒いし、日はすぐに落ちるし――」

 周囲を窺いながら俺に接近してくる。何だよ、何か用か?

 学内で劣等生の俺に声をかける優等生はほぼいない。一葉はその数少ない優等生の一人だった。

 何も知らない奴らは一葉が学級委員だから声をかけることができるのだと思っているだろう。

胡蝶こちょうさんからチョコもらえそう?」一葉の眼鏡が光った。

 その囁きは通りがかりの生徒達には聞こえない。

「わかんねえ」俺はぶっきら棒に答えた。

「本命だと良いわね」

「もらえるかどうかもわからんし」

「もし、誰からももらえなかったら、私が義理チョコ用意してあげるわよ、ふふ」

「ああ、ありがとな」貰ってもいないのに俺は礼を言った。

「じゃあね」

 何だよ、それを言うためだけに俺を待っていたのか、この暇人ひまじんめ。

 俺と一葉かずはは訳ありの関係だ。

 中学時代につきあっていた時期がある。が、同じ高校に入学を決めたときには別れていた。

 今、一葉かずはは俺のことを「鮎沢君」と呼ぶ。かつては「ほのか」と呼んでいた。

 「火花」と書いて「ほのか」と読む。しかし俺の悪ダチどもは揃って「ヒバナ」と呼ぶ。

 他人行儀に俺を「鮎沢君」と呼ぶ一葉と俺が中学時代つき合っていたことを知る者は少ない。

 すっかり優等生にした一葉と「なんちゃって不良」の俺の組み合わせなど思いもつかないだろう。


 今の俺には思い人がいる。隣のクラスのマドンナ、胡蝶日和こちょうひよりだ。

 日和ひよりは目立つ美少女だったから、彼女を狙っている男子は多かった。

 二年生、三年生の中にも求愛する男子はいた。そういう行動をとるのは偏差値が高くても変わらない。

 ライバルは多い。

 しかし俺は彼女に最も近い位置にいる男子のひとりだ。

 日和ひよりを落とせるわずかな可能性を持つ男。そういう自負が俺にはあった。

 ただ、最大のライバルがもっと身近にいるのだった。



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