第1話 揺れる陽光
西暦2025(令和7)年8月16日 日本国東京都 国会議事堂内
「酷い事になってきたな、大石」
国会議事堂内の議員食堂にて、一人の男が大石に話しかけてくる。対する大石は目を細めながら顔を向ける。
「諏訪さん、何の様でしょうか。雑談であれば遠慮しますよ」
日替わり定食を手にしながら座る大石に、
「こういう時だからこそ、お前さんと話すんだよ。今回の異常事態、大分えげつない事になってきているそうじゃないか。私達が防災関連の政策に協力していなかったら、混乱はさらに酷い事になっていただろうな」
そう言いつつ麺をすすり始める諏訪に対し、大石は出かかった文句の言葉を飲み込む。彼の言った事は事実であり、それに関してケチをつける権利は自分にはなかったからだ。
諏訪が代表を務める新興政党『立憲正治会』がその存在感を発揮し始めたのは、今から13年前に行われた衆議院議員総選挙の事であった。最初の政権交代が行われた2008年に結党されたこの政党は、当初は長野県のある市議会で議席の過半数を得ていた地域政党であったが、全国規模の選挙が行われる前までに多くの支持者と賛同者を取り込み、数年で全国規模にまで成長。マニフェストも右派的ながら左派勢力にも一定の理解を示すものが多く、幅広い支持層を確保していた。
その結果、2012年に行われた総選挙とその翌年の参議院議員普通選挙にて、両院合わせて50議席超を獲得。現在の政権与党である自由党とは連立政権の新たなパートナーとして存在感を発揮していた。中でも党首たる諏訪は長野県内のある神社が実家であり、その手腕は『文字通りの神がかった敏腕』と評される事が多かった。
その中でも立憲正治会の功績として名高いのが、自衛隊の非戦闘部門の改善と強化だろう。2011年に起きた大震災を教訓として、隊員に対する処遇改善や、物資輸送能力の根本的な強化、そして後方支援部隊の増強に手間をかける事を自由党に強く求めた結果、新型揚陸艦の建造や輸送機の大量配備、そして施設科部隊の規模拡大が達成されていた。
「ともかく、ここ10年来…いや12年の間、日本は多くの災禍に見舞われてきた。この国の消防と警察は優秀だが、それで自衛隊が災害の時に不要となるわけではない。お前も実感しただろう?」
諏訪の言葉は正しかった。2020年より数年規模で続いた新型感染症に、文字通り日本そのものを揺らした震災の数々。それら恐るべき大災害に対して自衛隊は大きな働きを見せていた。野党勢力や左派勢力が『侵略用の兵器だ』と猛烈に批難していた強襲揚陸艦は、交通インフラが破壊された地域への物資輸送や、洋上の医療施設として多くの人命を救い、『欠陥機の爆買い』だとなじられた〈オスプレイ〉輸送機の大量導入は、救難活動の効率化に大きく寄与した。むしろ被災地にはただ千羽鶴を送るだけしか言わない民間団体や、義援金をこっそり横領していたNPO団体は、実際の能力が露呈されるに連れて失墜し、或いは獄中へ墜とされていた。
「あの地震は間違いなく日本そのものを揺るがした。その後に訪れるかもしれなかった悲劇を避けるべく、私は同志とともに立ち上がり、そして支持者の期待に応えたんだ。大石達もこの異常事態でしっかり応えないと、『明日どうなるか分からない人達』の中に紛れ込んでいるかもしれないぞ?」
彼の言う通り、13年前の選挙で落選した議員の大半は一般の運動家レベルまで落ちぶれた者が多く、落選直後に横領などの容疑で逮捕された者だっている。大石はその『前例』を目の当たりにしているために、諏訪からの『注意』を理解しなければいけなかった。
とはいえ、現状把握出来ている問題は山積みであった。先ず本来ある筈のない場所に陸地が現出した事や、多くの国・地域との連絡が途絶えた事、そして新たに遭遇した勢力が未知の生物を使役していた事から照らし合わせてみると、ファンタジー系の創作でよく見る『異世界転移』が国家規模で起きたのだろうと、緊急有識者会議では推測されていた。
しかし、『何が起きていたのか』を把握しようとすればするほど、知りたくなかった事も浮き彫りになってくるのは当然であった。先ず海外資産凡そ900兆円超は吹き飛んだと見ていいだろう。企業が国外に有していた生産拠点すらも消滅したとなれば、自分の資産を海外に預けていた者の現状は恐ろしい事になっているだろう。
さらに現在、居留外国人の問題も激化しつつあった。人件費節約と国際的な風潮に迎合して無条件に複数国から外国人を受け入れていたツケは余りにも大きく、窃盗や殺人等の事件や、根拠のない風評被害と差別問題が各地で増えてきているという。その程度は現在の警察と法体制では対処が追い付かない程であり、警察の能力強化を求める声が党内でも高まっていた。
そして一番の懸念と言えば、資源の問題だろう。石油や肥料の輸入は出来なくなり、食料と燃料の供給は事実上停止された状態だからだ。そのため現在は節約を呼びかけているが、これからどの様に食料・エネルギーの供給を安定化させるかが悩みであった。
「今のうちに味わっておけよ、大石。議員食堂は半年ぐらいは閉鎖されるそうだ。私もそろそろ弁当を持参しなければな」
諏訪は完食して空になった器をトレーごと持ち上げつつ、席を立つ。そして離れる際に言った。
「大石、そろそろ面倒な事が増える事になるぞ。対策は万全にしておけよ」
・・・
西暦2025(令和7)年8月19日 パルトーギア王国北東部 港湾都市カーブラ沖合
「本土は相当に大変な状態にあるそうだ。故に我らの行動は非常に重大なものとなろう」
海上自衛隊護衛艦「いせ」の艦橋で、艦長の
山口県岩国市の岩国航空基地より展開していた〈EP-3〉情報収集機よりもたらされた情報を下に、政府は船舶による外交官派遣を決定。長崎県佐世保市を母港とする第2護衛隊群に出動命令が下され、「いせ」は2隻の僚艦を連れてパルトーギア王国領海内に足を踏み入れていた。
西暦2011年3月に就役したひゅうが型護衛艦の二番艦たる彼女は、航空母艦型の船体を持った大型艦であり、10機以上の各種ヘリコプターを広域に展開するヘリ空母としての高い能力を持っている。その一方で艦自体の武装は少なく、万が一の事態に備えて護衛艦「あさひ」と補給艦「はまな」をお供に連れてきていた。
領海侵入後、哨戒中の帆船と遭遇した「いせ」は長瀬の指示に従い、臨検を受け入れ。そして現在港湾都市カーブラの沖合へと案内されていた。相手方は言葉が通じる事や、日本側の船舶から窺い知る事の出来る技術力の高さに驚愕しつつも、慎重に事を運ぼうと努力していた。
「篠原さん、相手方の準備が終わりました。早速上陸しましょう」
「分かった。直ぐに向かう…では艦長、行ってきます」
と、乗組員が報告を上げ、篠原は頷いて応じる。そして艦橋を後にしていく中、長瀬は小さくため息をついた。
この後、日本側使節団はカーブラにて軽い協議を行った後、「いせ」艦内にて情報交換会を実施。パルトーギア側は1週間以内に使節団を日本へ派遣する事を通達したのだった。
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