ちあはん皿皿

紅灯空呼

第1話(炒飯に言葉はいらない)

 炒飯の米を流れる星に喩えた男がいる。魚車うおぐるま金魚きんぎょと云って、ヤバい罪を犯して金星から火星に逃亡してきた。

 金魚が生きる時代は、太陽暦3000年をまたぐ数10年間で、地球人によるテラフォーミング計画が頓挫して火星が終焉しはじめる時期に重なった。

 火星に4つまで建設された居住区のうち最古のホイヘンス区には、うらぶれた炒飯専門店がある。ちあはん皿皿べいべいと云う店だ。今日も起床して、きっかり3発の屁をこいた金魚が、のこのこ歩いてやってくる。

 開店が午前11時で今は準備中だが、それを知っていて、いつも1番か2番で店の前にならぶ。


 土星風珈琲をゆっくり飲んで正午までいすわり、それからやっとこ水星風えび炒飯を注文するのが、金魚の絶対ゆずれないルーチンだ。

 相席している男が冥王星風いか炒飯をがつがつ喰っていた。そいつは顔がやたらでかく、半水棲大型動物のような風貌で、鼻の穴をふくらませている。


「やっぱり炒飯は飲みものだなあ。ぐぉぐぉぐぉ」

「いやらしい声を出すな、かば親爺。しかも、そう云う陳腐な表現をされたら炒飯が泣くぜ」

「金星人がほざきやがった。じゃあ、どんな表現だったら炒飯が泣かねえ?」

「ほどよく油でコーティングされた炒飯の米は流れる星なんだよ。オッサンには判らないかもしれないがな、かば親爺」

「1度ならず2度までもかば親爺よばわりしやがったな!」

「それがどうした?」

「クソうんち坊や、いい加減にしとかねえと、ぶっ潰してクソ壺に落とすぞ!」

「お、やるってか?」


 かば親爺と金魚が立ちあがって睨みあう。

 黒いポリエステル生地に赤色の縁どりがついたチャイナ服を着ている女が、となりのテーブルで喰い終ったのだが、騒ぐ男たちにぶち切れる。


「炒飯に言葉はいらないんだよ!! ごたごたと駄弁たれ流したいなら、どっかのすたれたファミレスにでもいって、レンチンしたまずいの喰ってな!」

「なんだと、馬鹿でかオバン!」


 かば親爺が怒鳴り声とでかい顔で威嚇した。

 だがしかし、女は臆せず大きな赤々とした2挺の鋏を持ちあげる。


「ぐぉ!? オバン、そんな物騒なブツしまってくれ」


 かば親爺は竦みあがった。


「あたいの腕だよ」

「頼むからオバン、その鋏おろして」

「2度ならず3度までもオバンよばわりしてくれたわね。あたいはカンフーの達人なんだけど、ちょっと相手してやろうか?」


 女がすっくと立ちあがった。2メートル50センチを超える高さから、オッドアイの強烈な瞳が、あたかも光線銃の照準を定めるかのように、かば親爺のでかい顔へ向けられた。


「ぐぉ、土下座するからよお」


 かば親爺が床に正座して、でかい顔を床につけた。


「あんたらのせいで炒飯がまずくなった」

「判った! 姉さんのは、わいらで払うから。それでいいだろ?」

「今日だけは許してやるよ。次はないからね」


 女が憮然な態度で店を出ていった。

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