死にたい彼女に飼われる私

降霰推連

ぷろろーーぐ

 部屋の灯ってまぶしいな。

 天井についた一般的な室内灯しつないとうを見上げて、そう思った。


 こんなに明るい必要なんてあるのかな?


 直で見ると視界に黒い跡が残るくらい強い光だし、部屋の隅々にまで光が届いて、テーブルの下でさえ明るく、影が隠れる場所すら与えてくれない。


 どうしてこんなに明るいのだろうか。こんなに明るくしなくたって生活はできるじゃないか。


 立ち上がって、近くにあった小物を持ち、叩き割ってやろうかと考えて、他人の部屋だと思い出して、再び座る。


 居心地が悪い。


 それでも我慢する。ここは他人の家だし、私が過ごしやすいようにはなっていないのだから。

 

「ツバメ、ツバメ〜? つばめ?」


 リズムを刻み、テンポ良く勝手につけられた名前を繰り返し呼ばれた。

 

 無視をした。返事をするのが面倒だし、どうせ大した用事じゃない。


 床に横になって、眩しい光から逃れるように頭を抱えて、目を閉じる。


 フローリングの床っていい。


 アスファルトやコンクリートよりも温かくて、固くない。木だからカーペットみたいにゴワゴワしてないから、暑すぎない。


 私には、ちょうどいい。


 そうやって眠ろうとしていたら、すたすたと軽い足音がゆっくりと近づいて来て、すぐ横で止まった。


「もぉー、ツバメはまたそんなところで寝て〜。風邪引いちゃうよ?」


 意思を感じない軽めの声がして、無視をした。


 風邪なんて引くわけがない。

 ここはエアコンが効いて暖かいし、床もこんなに心地いい。いつも寝ている場所よりもずっといい場所だ。居心地は・・・よくないけど。


 すっ、と隣で動く音が聞こえて、頭部に視線を感じた。


「おまたせ。寝る準備できたから寝よう」


 やわらかく、囁くよに声をかけられた。

 抱えていた手を退けて、目を開けて声の方を見上げた。


 私と同い年の女の子。

 少しだけ向こうの方が背が高くて、整った顔立ちの、セミロングの少し茶色がかった髪をしている。

 いつもと同じ、何を考えてるのかわかんなくて、でも楽しそうでぽあぽあっとしてる。


「ツバメはもう寝れる?」

「寝れます」


 だから、そっけなく敬語で返した。

 これ以上近寄られるとめんどくさい。


「そっか、眠そうだもんね」

「そういう訳じゃ、ない」


 思っていた以上に普通に返されて困ってしまう。今までなら少し嫌そうな顔していたのに、今日は微動だにしない。


 もっと嫌って、卑下して、飽きて解放してほしい。そうおもっているのに、


「私は眠いや、早くベッドに入ろうよ」


 膝を抱えて、こちらを見下ろし、やさしそうに微笑んでいる。


 イラつく、それなのに、


「わかった」


 私はこいつの言うことを聞いてしまう。


 ため息を吐きながら、気が乗らない体を嫌々起こす。

 人にしていい態度ではない。そのはずなのに、彼女は満足しているようで、何よりも楽しそうだった。


 すたすたと二人で寝室に向かって、ベッドの前にたどり着くと、彼女はベッドの上に置いてあった縄を手に取り、私に差し出した。

 

「まだやるの?」

「もちろん。私が本気だっていう証明なんだから」


 二本の太くて丈夫そうな縄。

 にこやかな彼女と違って、これを見るたびに私の気分はふかく沈んでいく。


「よろしくね」


 そう言われて、それに手を伸ばして、受け取った。


 嫌だな。本当に嫌だ。


「どうしたの? 早く縛ってよ」


 そう言って彼女は私に腕を差し出す。

 白くて細い腕には、すでに赤いあざが浮かんでいる。


 それもそのはずだ。私がつけたのだから。

 ここにくるたびに、毎回この太い縄でキツく縛っているのだから。

 

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。


 助けなければよかった、なんて一度も思ったことはないけど、自分でもわからない、別の何かを後悔していた。


 一人で生きて、誰にも迷惑をかけずに、静かに人生を全うしたかっただけだったのに。

 

 それだけの、はずだったのに。


 こんな事になったのも、あの月の綺麗な風のない夜に、廃墟にある住み家から出て散歩なんてしていたからだ。

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