第11話(4)棍棒のゴロー

                  ♢


「ふふっ、イチローもジローも情けないんだな……」


「『棍棒のゴロー』さんだ!」


「相手をぶちのめすぜ!」




 ゴローが悠然と前に進み出てくる。それを見て、兵士たちが声を上げる。




「まあ、まとめてやっつけてしまえば良いんだな」


「ひっ……」




 ゴローの姿を見て、ヴァネッサがたじろぐ。オリビアが声をかける。




「ヴァネッサ、落ち着け……よくよく考えれば――よくよく考えなくても――単に股間に棍棒を仕込んでいる変質者、いや、異常者じゃないか……恐れることはないさ」


「い、いや、充分に恐ろしいじゃないですか⁉」


「そうか? ……まあ、そういえばそうか……」




 ヴァネッサの言葉にオリビアが頷く。エリーが声をかける。




「お二方は下がっていてくださいな……」


「むっ……」


「ま、まだやれます!」


「貴女はすっかり怯んでいるでありんしょう。エルフさんは矢傷を二箇所に負っている……一旦お下がりを……」


「やれるって……左手と脚は動くからね……あと、耳もね……」




 耳をピクピクとさせながらオリビアが笑みを浮かべる。エリーが告げる。




「単純にそのデカい図体が邪魔でありんす」


「じゃ、邪魔ですか⁉」


「あと、その耳、結構目障りでありんす」


「め、目障り⁉」


「どいてください……」


「まあ、魔族なりの優しさと受け取っておくよ……ヴァネッサ、後退だ……」




 オリビアが苦笑しつつ、ヴァネッサとともに後ろに下がる。




「さて……」


「ふふっ、魔族の女か……」


「女ではなく……!」


「う~ん?」


「……いえ、貴方にわざわざ名前を教えてあげる必要もないでしょう……」


「なんでだよ~」


「なんでって、気持ち悪うござりんす」


「き、気持ち悪い⁉」


「ええ」




 ショックを受けるゴローに対し、エリーが満面の笑みで頷く。




「で、でも、こういう戦いを通じて芽生える、敵味方を超えた不思議な感情……」


「そんなものは幻想です!」


「げ、幻想……」


「そうです。すべてはまやかしの類です」


「戦いぶりを見て、考え方が変わるなんていうことも……」


「まったく、ありえません!」


「あ、ありえない⁉」


「そうです」


「な、何故、どうしてだ……?」


「股間に忍ばせてやす――全然忍んではいんせんが――棍棒を振り回して戦う、そのお姿に心惹かれる女子は世界広しといえども……ござりんせんでありんしょう!」


「い、いない⁉」


「ええ、ただの一名も……」


「くっ……」




 ゴローが項垂れる。ジャックが声をかける。




「相手のペースに乗って、心を乱すな! 魔族の常套手段だ!」


「!」


「落ち着け、世界はお前が思っているよりもずっと広い! そんなお前を受け入れてくる女もきっといるはずだ……多分」


「そ、そうか……ありがとうジャック!」


「ちっ、立ち直った……あの禿げ頭さん……始末しておくべきでありんしたね……」




 エリーがゴローとわずかに距離を取る。




「魔族の言葉に耳を貸したのが愚かだった!」


「ええ、そうです。貴方は愚か」


「ぐっ!」


「と~っても愚か!」




 エリーがわざとらしく両手を広げて声を上げる。




「ぐぐっ……!」


「魔族の話に耳を傾けるな!」


「うるさい! ジャック! この魔族だけは……」




 ゴローが棍棒を取り出して、両腕に持つ。エリーが笑いながら呟く。




「……狙いどおりでありんす……さあ!」


「がおおっ!」


「! イオかっ⁉」


「ぐおおっ!」


「左手を噛み千切られた! で、でも……」


「え?」


「右手があるんだな!」


「がはあっ⁉」




 ゴローは噛みついてきたイオを振り払って、右手の棍棒でイオを思いきり叩きのめす。イオはたった一撃でほとんど動かなくなる。ゴローが苦笑する。




「モンスターではなく、獣人を使役するとは……あまり気分のいいもんじゃねえな……」


「魔族らしゅうありんせん?」


「以前の仲間を……反吐が出るんだな……うっ⁉」




 ゴローが口元と胸を抑えて倒れ込む。エリーが種明かしをしながら呟く。




「『ポイズンスネーク』の毒を獣人の牙に塗りたくっておりました……力自慢に真正面からぶつかるのは愚の骨頂……搦め手で終わらせるだけのことでありんす……」

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