三月と紫煙【短編】

アサミカナエ

三月と紫煙(さんがつとしえん)第1話

 細く、煙が立ちのぼる。


 制服ブレザーの背に漆黒の美しい髪を流した少女は、六畳の和室に正座し、冷ややかな瞳で壇上の写真を見つめていた。


 屋敷に来たのは8か月ぶり。

 部屋の様子は当時となにひとつ変わらず片付いていて、、、、、、、それが少女の顔を余計に歪ませる結果となった。


「――まだ若いのに」

「でも、優輝くんが生活費を出していたって。こう言ってはなんだけど、肩の荷が降りたんじゃない?」


 手伝いに来てくれた近所の女性陣おばちゃんたちの会話が、隣の居間から少女の耳に届く。出てきた優輝という名は、少女の父親だ。


(そっか。最期までおにーちゃんは最低な人、だったんだね)


 少女の中で渦巻く不揃いの感情は、一昨日亡くなり、灰となり、灰色の写真となった遺影へと向けられていた。




 ◇◆




 時は2年前に戻り、3月半ばのこと。

 薄いブルーのコートにエナメル素材の大きなスポーツバッグを担いだ深川三月ふかがわみつきは、眉間にしわを寄せて古屋敷の前に立っていた。

 吐く息は白く、足を少し動かせば草に隠れていた霜がシャリっと音を立てる。


 今朝はあまりにも寒かったため、タブレットで「春 いつから」と調べたら「3月から」と出てきてキレかけたが、神妙なのはまた別の理由によるものだ。


 マフラーにすっぽりと顔を埋めて、霜を踏み潰していると、


「よう、三月みつきか?」


 かすかに漂ってくる煙を辿れば、銀髪を後ろでひとつに束ねた男がいた。

 門からのそりと顔を出した彼は、薄汚れたグレーのスウェットの上下にベンサンを引っ掛けただけの身なりだが、精悍せいかんな顔つきのせいで妙にサマになっている。

 不機嫌そうに小さく頷く三月へ、男は気さくに声をかけた。


「わはは、久しぶり〜」

「わははじゃないんですけど」

「小学生ぶりだから、3年ぶりか。大きくなったなァ」


 距離感なく頭をわしわし撫でられた三月は、顔を真っ赤にして銀髪の手を払う。


「子ども扱いしないでっ。う、うちが養ってるニートのくせ!」


 男は一瞬目を丸くしたが、萎縮するどころかゲラゲラと笑い始めた。


「そうねェ、ニートでスネかじりなだけじゃないぞ。ヤニカスでありギャンブルカスぞ〜」

「もういい、寒いから中入るねっ!」


 ふんっと鼻を鳴らすと、少女は男を無視して門をくぐる。


 その背中をニヤニヤと視線で追いながら、男は門にタバコを擦り付けて火を消した。



 

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