一度絶望した世界でまだ生きてる

水の月 そらまめ

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たどってきた足跡を振り返り、私はきっと明日もいい日になるのだと思った。


 引っ込めたプロローグの代わりに置いておきます。

 ネタバレ嫌だな、先のこと知りたくないなって人は、一話へGO!

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「雷っ、ママー、パパー、オーク狩り行こう!」



 オークの森。


 火の玉が飛んでいく。顔にぶち当たり、煙がオークの目を塞ぐ。そこへ留美が目をつぶしにかかり、雷が剣で横腹を切り裂いた。


「グォォオオ!!」

「うっるさいねん!」


 戦闘中ゆえの興奮で、留美は口悪く言ってナイフを引き抜く。

 声に反応したオークの拳を、私は『シャドウワープ』で避けた。地面に張り付いた私を見て、雷が剣を振り上げる。


「もういっちょっ! スラッシュ!!」

「グォォオオ!!」


 ドシン!!

 私はへらっと笑いながらナイフの血を飛ばす。


「ボキャブラリーのないやっちゃなぁ」

「ふぅ。血がかかった泣きそう」

「泣け泣け」


 留美の茶々に、雷がにっこり笑った。


「……血だらけー」

「来んなー!!」


 留美と雷の追いかけっこを見ながら、オークにパパとママが近づいていく。


「だいぶ楽に倒せるようになったな」

「ほらやめなさい。二人とも怪我ないな?」


「ないよー、豚肉ゲット!」

「いえぇーい!」


 私たちはハイタッチをする。


「うわっ、血ぃついたし!?」

「元々やろ、俺のせいにすんな」

「アクアノ・トリクル・プラーミア。水操作。二人とも早く手洗い」


「はーい」

「俺顔もー」


 オークが大量出血して腐りゆく前に、ポーチの中へ収納しておく。死体を外に置いておくメリットは何一つない。

 パパが水魔法を回転させている場所へ手を突っ込み、手を洗う。



「にしてもあの大規模侵攻の後でまだ居るかって感じよな」

「だいぶ倒したのになぁ」

「オーク補充されんのはっや」

「補充って、言い方」


 その後、三体のオークを仕留めると、そろそろ火が傾いてきたので帰ることにする。



「ん、鳥……なんか見覚えあるぞお前の顔」


 手を伸ばすと乗ってきた。

 スキルで見る解像度を上げて、周囲にいる相手を探る。


「人間、ユリアたちやったみたい。こっち来るって話してる」

「じゃぁこっちからも行こうか」

「うん」


 ガサガサ。

 私たちは一瞬武器を構えあったが、すぐに下ろす。


「あっ、留美〜。留美たちも今から戻り?」


「そうです」

「一緒に戻ろう」


 底なしのお人好しであるユリア。そしてセルジオさんをリーダーとしたパーティーだ。初対面で一触即発となったが、今はパーティーぐるみで仲がいい。

 私たちは、彼らと共に町へ戻る。


 未だ戦火の跡の残る町の門をくぐり、道を歩く。

 途中で彼彼女らとは別れて、私たちは家へと向かう。もう夕方だ。



「留美」


 振り返った先には可愛い少女がいた。少女と言っても成人している女性だ。


「リザさん。ギルドの買い出しですか?」

「そう。新メニュー考えてる」


 彼女は以前の料理長を追い出し、若くしてギルドの料理長を務めている。美味しい料理は大歓迎だ。


「楽しみです」

「うふふ、楽しみにしてて」

「リザさん、行きましょう」

「あの子も頑張ってくれてる」


 リザさんが視線誘導した先には顔見知りの少年がいた。

 やべ、誰やっけ。


「そうみたいやね」


 やばい。この知ったか、リザさんにバレるやつや。まぁいいや。

 私は小さく手を上げた。


「じゃぁまたギルドで」

「待ってる」


 ニコッと笑ったリザさんは少年の元へ歩いて行った。

 …………やばい。蘇れ我が記憶よ! …………むーりー。あかん、全然思い出されへん。


 街を歩く。



「よぉ」

「ん? あっ、キラさんどうしたんです?」


 留美は家族の方を見る。


「先帰っといて」

「おけ」

「気をつけや」

「…………」


 去って行った家族を見て、キラさんの方を向く。


「また護衛のサボりですか?」

「アル様はあそこだ」


 指さされた方を見た。

 いいなぁ。


「串焼き食ってる……あれ、表の護衛は?」

「看守長に駆り出されてる」

「あらら、豚肉いります?」

「いらない」


 豚肉美味しいのに。ぎゅるるとお腹が空いた音が鳴って、私は買い食いしたい衝動に駆られる。

 しかしここで買ってしまったら、夕ご飯が食べれないかもしれないっ。とても悩ましいっ。


「キラさん、移動しますよ」

「留美、久々だな」


 アルさんと、裏護衛たちが歩いてきた。


「アルさん串焼き美味しそうですね」

「一本いるか?」

「貰うっ! ありがとうございますっ」


 やったー! 串焼き〜♪

『相変わらず安い』とか聞こえたけど無視だ無視。いま留美は幸福を感じている。


「うまぁ」

「最近どうだ?」


 もぐもぐ。


「どう……どう言う質問ですか?」


 食べきった串焼きの木の棒を噛み折る。

 ちなみに、別にイライラしているというわけではない。


 不思議そうに見上げた私を見て、キラさんが微妙な顔をした。


「お前なぁ。最近あったこととか、嬉しかったこととか、なんでもいいんだよ」

「え、あ。じゃぁ、串焼き美味しかったです」

「直近すぎですね」

「ま、留美嬢が元気そうでよかったよ」

「今日は元気です」


 もういいとばかりの苦笑に私はムッとした。


「みなさんは堂々としすぎじゃないですか? 影の自覚あります?」

「一回隊に入ったからわかるだろ。俺ら影もどきだって」


 自分で言うんか。


「あはは……」

「そろそろ行こう。またな留美」

「そうですね。じゃぁな留美」


 去って行ったはずのキラさんが戻ってくる。


「言い忘れてた、白影しろかげから密偵だと確定した奴らの報酬が届いてたから、また店に取りに来い」

「わかりました。宝石ですか、アクセサリでした?」


 キラキラッと輝いた瞳を見て、キラさんは踵を返していく。


「見てねぇよ」


「あぅ……。後のお楽しみというやつやね」


 人の流れに遮られ見えなくなった彼らから視線を逸らし、私も足を進め出す。

 彼らは戦友だ。できるだけ死んでほしくない人たち、そして何かあれば助けたいと思う人たち。

 あれ以上のことはないと思うけれど、付かず離れず付き合っていければいいなと思っている。



 散歩でもして帰ろうかな?

 大通りの道を逸れて、少し複雑な道に入っていく。


 曲がった先に知り合いがいた。


「あっ、シロクモさんこんにちは。外にいるなんて珍しいですね?」

「留美か。ちょっとな」

「護衛は――」

 カチャ

 出てきた護衛の二人を見て、留美は駆け出していく。


「さよなら!」

「ちゃんと収納日には来いよ」

「はーい!」


「あーあ。完全にトラウマになってるぞありゃ」

「ふん。もう少し期間があれば壊せたものを」


 覚えてろよ、いつか殺す!


 シロクモさんは裏の何でも屋だ。人間領を裏から支え、支配している人間で、表側では貴族でもある。普段は固有スキルの部屋に引きこもっていて出てこないのに、何をしているのだろう。


 彼らとの出会いは復讐の時だった。敵なのか味方なのか。なんにしろ、今も彼らとの関係は続いている。


 つっかれたぁ。いきなり出てくるの反則やって。



 走る足音だ。振り返ると男が走ってきていた。


「留美ッそいつ止めろ!」


 声の主は看守長だ。

 止めろって、男の人曲がって行ったけど!?


 不愉快そうに舌打ちした留美は、走って行った男をスキルを使って追いかける。


「どーも」

「なっ」


 男が一瞬速度を緩めたそこへ、足を蹴り上げる。逃げていた男は正面から強打され、変な呻き声を上げて倒れた。

 看守長が追いついてくる。


「看守長。お仕事お疲れ様です」

「よくやった。さっさと牢屋にぶち込んでやる。お前も行くか?」


 ずいぶん疲れている。どこかで団体でも暴れていたのだろうか。


「行きませんよ。どんだけ私を牢獄にぶち込みたいんですか……」

「兄さんがお前に会いたがってる」

「あはは。行かないです」


 絶っ対いや!!

 留美は大きなバツを作って完全拒否の姿勢を見せる。


「捕まえたようですね」

「速えぇ」

「あっ、護衛もどき」


「よお留美っ!」


 笑顔で殴りかかってきた正真正銘の護衛。私は拳をいなし蹴りを入れる。ダメージ関係なしに向かってくる男を、組み伏せた。関節を決めれば動けまい。

 なんだか、前より攻撃が精錬されてきている気がする。


「だークソッ!」

「おほほ、護衛もどきとは失礼な。アルトレイジュ様の命令ですし、仕方ないではございませんか」

「護衛もどきは流石に……いや、その通りかもしれないけど……。留美、そろそろ離してあげて」


 おじさんの言葉に仕方なく手を離して離れる。また殴りにかかってくるかもしれない。


「ロヂナさん斬りかかるのやめたんじゃなかったんですか?」

「殴りかかっただけだろ」

「あ、はい。ソウデスネ」


 斬りかからなくなった。が、殴りかかりはする、と……。


 彼らはアルさんの護衛であるはずの三人だ。残りのメンバーはまた別行動かな?

 看守長と一緒にいるということは、何か事件でもあったんだろう。


「ロヂナさんちょっと戦い方かわりました?」

「わかるか? ちょっとユウキさんに稽古つけてもらったんだよ」

「ああ。ユウキさん。あぁー、あと一歩やったのになぁ」


 悔しいっ。


「わたくしはあれでよかったと思いますよ。記録的には負けておいて」


 確かに記録的には全敗なんよな。


「あんな奥の手を隠し持っていたなんて、ユウキ様が柄にもなく憤ってらっしゃいました」

「えー、奥の手バレたんですか!? つぎ殺り合う時に使おうと思ってたのにぃー!」


 ぐぬぬ……。ユウキさんに勝てる可能性が消えていくーっ。仕方ない、別の方法を考えないと。


「バレて当然でしょう」

「お前あの廃坑での戦い全力だったよな? どう排除するべきか、真剣に協議されてたらしいぞ」

「まじで?」


 目をパチクリさせて、私は殺意を瞳に潜ませる。

 殺られる前に殺らないと。


「おおマジでございます」


 笑顔の消えた顔を見て、少し構えられてしまった。

 私は肯定した男に耳を傾けながら問いかける。


「結果は?」

「惑わす者の存在を考えて、手出し無用ということになりました」

「……セーフ。殺り合ったら町がいくつか滅びますもんね」


 うんうん。平和が一番やんな。

 途端に笑顔になった私に、看守長から呆れ笑いが向けられる。


「ミルラウネではやるなよ」

「できれば、他でもやめてね」


 やらんてば。


「手出ししてこないなら、私も何もしませんよ。うふふっ、じゃぁもう行きますね〜」


 また何か小言を言われる前に駆け出していく。


「留美ッ、犯罪行為はするなよー!」

「しませんってば! 看守長もうちょっと私のこと信用してくださいよ!」

「アハハハハハッ!」


 看守長は豪快に笑った。

 しょっぴける立場なんやから、笑い事じゃないって。あの姿、お兄さんに見せてありたいわ。いや、絶対知ってるな。知らないわけがない。



 走るのをやめて歩き出す。

 ふぅ。今日はいいことしたな。はよ帰ろ。ご飯が留美を待ってる!


「留美じゃないか」

「あ、アリスさん。こんばんわ。ストーカーおじさんも一緒なんですね」

「ストーカーじゃない。見守りだ」

「…………」


 堂々と言い放つその度胸に私は沈黙してしまう。そして、気を取り直してアリスさんに笑いかけた。


「今日何かあったんですか? 看守長まで出張ってきてましたよ」

「ああ。ちょっとした騒ぎがあった。看守長殿までもが出てきていたとは知らなかったな」


 アリスさんは鬼の盾。王族に属さない守護側の人間だ。そしておじさんは鬼の剣。殺す側の人間である。どうやらこの辺りに鬼はいないようだ。


 悲鳴が聞こえた。


「すまない。向こうで何かあったようだ」

「頑張ってください」

「ありがとう」


 爽やかに去っていく王子様系の女性に、胸がキュンとなる。

 さて。帰ろう。もう誰とも会いませんように。



「留美」

「きゃっルゥーリ!? びっくりしたー。急に現れんといてってばっ」


 フラグ回収が早すぎるッ!


 私の探知能力は人間の中ではトップレベルであると自負している。もはや気づけないのは人外くらいだ。

 あぁ、シロクモさんのドアは除く。あれは例外だ。


「愛してる」


「……あ、はい。急にどうしたん? 仕事は?」

「留美に会うために早く終わらせてきた」


 この吸血鬼、ほんまに堪え性ないな……。

 少し顔が熱くなるのを、冷たい手で冷やす。その時、聞き覚えのある足音が聞こえた。


「あっ、留美ぃ……げ!?」


 なに今日、厄日なん?


「げ、とは失礼だな。悪魔族」

「ちょっ、ちょっと話そうと思っただけじゃないかぁ。そんなに睨まないでほしいなぁ。留美に嫌われちゃうよぉ〜」

「大丈夫やで」


 グッと親指を立てて、吸血鬼のルゥーリを盾にする。


「吸血鬼こわぁーい。行こっマルファス」

「ハハッ、怖い怖い」


 快楽主義者め。お前らの方が怖いわ!



 家まで一緒に帰るだけの短い時間。

 この短期間のために吸血鬼国から来たん? マジかこいつ。嬉しいような……気がしてしまうやろ。

 留美は恋なんてしてないっ。断じて違うッ。


 家に着いた。


「竜人と人狼の痕跡がある」

「……弟だと思います」

「そうか。何かあれば遠慮なく言ってくれ」


 加減を覚えた力で抱きしめられ、私はぽんぽんと背中を叩く。


「はーい。ありがとう」


 離れるとルゥーリが消えた。相変わらずかっこいい消え方しやがってっ。


 雷もいつの間に人狼の子まで……。弟のハーレム(笑)もやばいことになってるな。もはや留美と生きてるジャンルが違う気がする。


 なんだか面白くて笑みを浮かべた。

 私は扉を開けるまでもなく騒がしい室内へ入っていく。



「ただいまー」


 家の中、めっちゃ人数いるねんけど。なんなん? マジで今日厄日なん? 捉えようによっては、いっぱい人と会えたラッキーハッピーデーってか。

 ……悪くないかも。


「あっ、留美お姉ちゃんおかえり!」

「お帰りなさい」

「おかえり」

「邪魔してる」

「お邪魔してます」


 なんでいるのか分からない、子供三人、青年一人、おじさん一人のパーティーだ。

 それに加え、一緒に暮らしている迷い人五人と、私たち家族四人の、計十四人がいまこの家にいる。


 あははっ、大所帯やなぁ。

 留美は疲れていたから適当に挨拶をしておく。



 日の暮れた夜。

 井戸のそば、十四人が焚き火を囲んで食事をする。解体済みオーク肉のいい匂いが、庭中に漂っていた。


「うーんっ。豚肉美味しいっ、ご飯おかわりー!」

「俺が先ー!」

「おいっ!」

「はーん!」


「火傷しなや」


 器を差し出すと、ほいと弟がご飯をよそってくれる。


「ありがとう」

「おう」

「雷お兄ちゃん私もー!」


 食べ盛りの子供が器を雷へ渡す。


「たっぷりお食べー」

「デレデレしやがって」

「俺は紳士やからな」



 もぐもぐ。


 今日はなんだかんだ、いろんな人に関わってきたんだと実感できる日だった。

 この一年。二年はいってないと思うけど、色々あったなぁ。

 マジで色々あった。でも今は。


「あぁ、幸せ」


 留美はホッと息をついた。


 いまは月の輝く空も、また明日は太陽が登ってくるのだろう。

 当たり前なことなんて何一つなくて、それが面白さで満ちていると。きっと気づく日が来る。


 なんて面白いっ。この世界の太陽は北からも昇るんだよ。ふふっ。

 そんな日が来ることを願って。



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