第116話 コボルド洞窟で会った相手が話しかけてきた



 私は道に出て、屋台から焼き鳥を六本買っていた。凄くうまい。

 銀貨三枚のものを、金貨一枚を出したら、困ると言われた。そりゃそうだけど……。


 予想外の出来事に、銀貨を出そうともたもたしている時。さっと払ってくれたのが、隣に座る男だ。


「それで、何の用ですか?」


「困っていたようだから、助けてあげたんじゃないか」


「それは感謝してます。ありがとうございます。……もう用はないですよね? さよなら」


 オロオロしたところを見られて、留美は今ちょっと恥ずかしいのだ。

 少し早口で言いきった私は、焼き鳥を両手に持ちながら、その場から離れた椅子に座る。

 もぐもぐ。


 ツンツン対応してるのになんでこの人隣にいるんやろう……。ちょっと困惑しながらチラチラ見る。



 この隣に座る男は、コボルド洞窟に行った時の、帰りに出会った六人パーティーの一人だ。

 適性はローグ、これは必ずある。他もあるかもしれないけど、見た限りでは分からない。


 クリスティーナさん曰く、問題を起こすようなパーティーじゃないらしいけど。個人となると、なにやってるか分からんしな……。

 なにより、一触即発になった相手とのんきに焼き鳥を食べれるって、どんだけ神経図太いねん。


「焼き鳥おいしぃ」


 堪能するようにニコニコしていると、隣の男も笑った。


「俺もそう思う。美味いよなー」


 無視だ無視。

 こういうタイプは反応するから、揶揄ってくるんや。留美は他人に笑い物にされるのが大嫌いや。



「なぁ、お前は賊退治参加するのか?」


 またその話か。一日でこうも広がるもんなんやな。それとも留美が情報網を築けてないからとか、そう言う情報が入ってくる場所を知らないからか。

 ジアさんも今回のは危険やって言ってたし。見つからないように、早めに家に帰りたい。あっ、もしかして、ここにいる場合じゃない?


「この前は悪かったよ。オルグがやったことは謝る」


 何が謝る。だ。本人連れてこいよ。


「他のパーティーにもそんな態度とってるなら、お前のパーティーそのうち浮くぞ」


 留美のせいでパーティー全体が浮くのは困る。留美だって別に争いたいわけじゃないし。

 私は少し不貞腐れたように、焼き鳥の刺さっていた木の棒を噛む。バキッ。


「…………」


「普通はしませんよ。私たちが怪しかったのも認めます。でもあいつは許せない。いきなり斬りかかって来るような人間ッ」


「悪気はなかったんだ。本当にすまない」


「貴方が私に謝ったからって、なんだって言うんですか? やったのはオルグって人で、貴方じゃない。やられたのも私じゃない」


「え、じゃぁ、何に怒っている?」


 ………怒ってる? 留美が? この人に? どうして?

 この人がそう感じるってことは、きっとそうなんだと思う。留美はこの人のなにが気に入らない?


 停止して、不思議そうに瞳を揺らす。


 気に入らない箇所みっけ。


「そんなに見つめられると――」

「私が気に入らないのは、貴方自身みたいです。雰囲気がとっても不愉快」


 紫色の瞳が輝く。

 男の反応はいまいち理解できないが、言葉選びミスったかも……。とは思う。



「はっきり言うなぁー」

 

「素直だけど空気読めないってたまに言われます」


 不愉快。目が嫌い。視線が嫌い。悪意ってわけじゃないけど、嫌な感じ。その瞳、抉り取ってしまいたくなる。こんな公然こうぜんの場所じゃ、やっちゃいけないことだから、やらないけどね。

 その紫の髪むしりとるぞ、この野郎。


 にしても。むらさき……紫かぁ。すごい色っ。


「観察するように見るの、やめてもらってもいいですか」


 やべぇ、音速でブーメラン投げてもうた。



「わかる?」

「バレバレですよ。なんですか? あれで隠してるつもりだったんですか?」

「普通はバレないんだけどな」


 私が普通じゃないみたいな言い方やめてくれん?

 あ。もしかして、……同属嫌悪ってやつ? 観察が好きなんじゃなくて、やらないと不安になるっていう……。

 相手を伺うような……そういうところの一緒なんかも。同属嫌悪……いやいやどう見ても留美と違うタイプやろ。



「まぁまぁ、そう睨まないでよ。それってお互い様だよね」


「お互い様? 私とあなたが? 冗談っ」


 留美は失笑した。

 私は観察してるんじゃない、警戒してるんだ。ほぼ同じやぞって言われても留美は断じて違うと言い切ろう! 心の中だけで。


 加速して帰ってきた音速ブーメランからのダメージに、留美は耳を赤くする。


「それで、結局何の用ですか? まさかこんな話をしに来たわけじゃないでしょう?」


 さっさと核心に迫れと睨みつける。

 そんな私をものともせず、彼はリラックスするように足を組み替えて、背にもたれた。



「君って『空間』持ってるでしょ?」


「はい? 急になんですか?」


「あれ? 違った? 持ってない?」


 話を戻して、今それを聞く意味がわからない。

 持ってたとして、なんの関わりがある?


「あぁ、聞きましたよ。確か『空間』とか『風読み』を持ってる人は、賊退治に強制参加なんですよね?」


「そうそう。その感じだと君は参加しないんでしょ?」


 私はコクリと頷く。


「状況と報酬が割に合わないかなぁって思ってます」


「だよねぇ。何がいるかわからない巣穴に強制的に行かされるなんて、嫌になるよ」


「そっちは強制的なんですか?」


「そうなんだよー。ルルフェが……俺んところの魔術師がさ、『風読み』持っててよ。帰って来るなり、あいつらに捕まっちゃってさー。もう強制も強制。君もこういうことがあるから、スキル覚える時には気をつけなよ」


 魔術師の風読みを使える人が少なかったせいで。じゃぁ期待してないけどローグもって感があるよな……。二百人もいるんやろ? 騎士だけでいけばいいのに。


「忠告ありがとうございます」


「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」

「嫌です」


「冷たくて美味しいものでも、ご馳走するからさ」



「……嫌です」


 ……アイス?

 留美のバカぁ。アイス食べたいからって!

 クロノさんはにっと笑い、残念そうな演技で言う。


「持ち帰ってくれてもいいんだけどなぁ。友達になってくれるなら、いつでもご馳走できるのになぁ」


 友達……。この人と? ……冷たくて美味しいものってなんやろ? ……アイス? アイスかな……。バニラアイス食べたい。美味しいの食べたい。

 ……仕方ないなぁ。たまには欲望に忠実でいなきゃね。


「……アイス?」

「アイス」


「本当にくれるんですよね?」

「勿論さ」


 待ってこの人アイスなんて一言も言ってなくない? 氷はいって渡されたらどうする? それはそれで欲しいけど。…………うにゅ〜。でも万が一、アイスだったら……。あいす……。


 今時いまどき子供でもしないのに。美味しいもののために、怪しい誘いについていく……留美やばくないか?


 もぐもぐ。とりあえず焼き鳥食べ切ってしまう。


「あの『風読み』がどんなスキルなのか聞いてもいいですか?」


「ルルフェのは風魔法を前に放って、消えた場所が障害物になってるってわかるらしいよ。直線にしか進まないし、何があるのかは大体しかわからない。しかも場所が大きけりゃ大きいほど魔力を食うし、探索に向くスキルではないかな」


 騎士団なに考えてんのや? もっといいスキルかと思ったけど、そうでもなさげ。何か別の用途があるんやろうか。

 でも空間と一緒くたにするような呼びかけやろ? うーん……。



 アイスもらえると聞いて、ある家に来た。


「おーい。アイス残ってるかー?」


 すると、奥から男の人が出て来た。


「邪魔してるぞ」

「あぁ、はい、どうも……」


 この声は確か……ジアさんに蹴飛ばされていた一人……。それが分かると、家を飛び出していた。



「あ、ちょっ! どこ行くんだ!?」


 何が友達だ。裏切るの早すぎだろ。友達になろうだなんて、友達なんて。ロクな奴がいない。

 友達=利用して捨ててもいい奴。こんな所か。


 私は振り返りもせずに、スキルを使って走る。



「はぁ、はぁ。疲れたー」


 ここは人気のない路地。人が近づけばすぐに分かる。

 あの細目野郎。端っから留美が『空間』を使えること知ってたな? 名前リストでも見せられたか?


 いや。あの時か。コボルド洞窟の時。留美が驚かんかったから……。

 確かに影に『潜伏』は、『音聞き』じゃ、分からんかったしな。

 ミスったな。……でもあの時は、動揺したら負けやって思ったんやって。……過ぎたことは仕方ない。


 どうするかなぁ。……大丈夫、留美みたいな初心者を探してまで執拗に参加させようとはせんやろう。



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