第76話 空間の練習



 返事をして、ぼーっと突っ立ってる留美を見かねたジアさんがため息をつく。


「取りあえず、空間使ってみろ」


「空間……?」


 空間って、なに??

 どうすればいいのかと、首を傾げる。するとジアさんが出て行った。


 そっこー、放置とか笑うしかないねんけど。



「あの」

「ジア様なら、次の訓練に必要なものを取りに行きましたよ」


「そうなんですね……」


 一言言って欲しかった。



 まぁずっとついてるわけないし、勝手にやってろってことやろ。

 もう使えるようになったよって、ジアさんをびっくりさせてやるぞっ、おーっ。


 留美は目をつむる。



 —————これは、音。————音じゃなくて。空間を把握する……。


 空間って何? ここにあって、見えるもの。ここに存在し、観測できる全ての物。観測したら形変えるものってどうしたら……んん゙。

 えっと、いま留美は建物の中にいる。

 音は空気を振動して留美まで伝わってくる。なら、空間はどうすれば留美まで伝わって来る?


 空間は…………地図。

 なにも、今この場の空間にこだわらなくてもいいと思うんだ。

 ゲームのマップみたいに、大まかな道筋でもいい。立体に見えればなおいい。自分を中心に、周囲一帯の形がわかるようなもの。


 音では聞こえない場所を————例えば、この建物の別の部屋。

 この部屋は、音が響かない。だからこの部屋の外には音が漏れない。———あっ見えた!! ……けど、音聞きの方が鮮明に見える。

 熟練度の問題かな? 拡大縮小できたらもっといいんやけど……、うぅぉぉお、出来たけど……酔う。


 手を額に当てると、頭が熱かった。



 あれ。いつの間にかカナさんもいなくなってる。


 やっぱり、周りに集中しすぎるのは危ない……。

 私は目を開けてあたりを見渡した。ジアさんたちなら、私の行動を逐一監視できそうだから、部屋を漁ったりはしない。



「すぅ、ふぅー」


 深く息を吸った後、深く深く息を吐く。そして、もう一度『空間』を使う。



 —————広く広く。もっと広く。


 広げていくと、町まで出た。

 建物はシンプルな形に、人は蝋人形のようなのが動いている。


 音聞きみたいに、目的の人を見分けたりは出来ないが、その分たくさんの声を聴いて混乱しなくてすむ。

 雑だが、音聞きでは捉えられない、隠れた人も見つける事が可能になりそうだ。

 なんたって、空間に関する探知なんやから。



 建物の中。

 真っ黒な部屋が二つあった。どうしてかその部屋の中だけはよく見えない。黒く塗りつぶされている場所をよく見る。

 なんか、妨害みたいなん掛かってる気がする……。はっ、これがスキル『勘』?!


 あ。誰か来た。



 バタンッ!


 ビクッ

 入ってきた二人の人物には、全く見覚えがなかった。


「ジア! 俺の部屋を覗こうとするな!」

「ジアったら、ようやくお姉さんに心を開いてくれたのね! 覗きたかったら直接来てくれたらいいの……に?」


 男は眉を吊り上げて心底嫌そうに。女は色気のある声を出しながら……なんか言っている。

 三秒ほど、無言になったが、嫌な沈黙を男が破ってくれる。



「君は誰だ?」


「その言葉、そのままお返しします」


「あらぁ? ジアは?」


「知りません」


 そこでまた沈黙が訪れる。


 一人はオレンジの髪と浅い海のような青い瞳を持つイケメン風の男。ピシッとしたシャツを着て、最低限の装備のみを身につけている。


 一人は大きな胸や、引き締まった胴体を多く露出した姿。堂々とした立ち振る舞いに、真っ直ぐそうと言う印象を受ける。そんなぼいんぼいんのお姉さんだった。

 ショートボブのくすんだ優しい青い髪と、強い意志を感じる水色の瞳をしている。



「おい。お前ら、俺の部屋に来るなって言ってるだろ。帰れ」


 不機嫌そうなジアさんが、二人の後ろに立っていた。

 二人は振り返ると、超不機嫌なジアを見るなり一歩下がる。


 あー、すごく不機嫌そう。



「お前が俺の部屋を覗こうとしたんだろ」

「私の部屋にも干渉しようとした反応があったわよ」


「俺じゃねぇ—よ」


 ジアさんが入ってくると、さっきまで見えていた部屋の外が見えなくなった。

 あるのは部屋の中だけ。……謎! そんで、恐怖。



「すみません、たぶんそれ私です」


「君が?」

「貴方が?」


 二人が勘違いしたまま帰っていきそうだったから、私は申し訳なさそうに苦笑する。

 この笑顔が、相手にとって不愉快でしかないと知っていても。自然と出てしまう反応を止める事は、容易ではない。


 おそらく、この二人がここに在中しているという他のローグ教官なのだろう。二人が出てきた瞬間に、室内が見えるようになっていたし。

 そして、このお色気お姉さんが、さっきジアさんが言っていたシーファさんかな。

 要件がなかったら話しかけんタイプの人だ。みんな見た目若い。でも実年齢きっと詐欺なんだろう。


 モジモジと指を弄んでいると、目を細めたジアさんが見下ろしてくる。


 なんか圧が……。


「もう覚えたのか?」



「……おそらく」


 怒られている気がして、思考がうまくまとまらない。霧がかかったように言葉が出てこない。


「早いな」


 その場しのぎをするように、出てきた言葉を言う。


「えっと、ジアさんはどんな感じに感じてますか?」


「俺は……ほらお前らは出ていけ」


「え、ちょっ!」

「ジア!」


 ジアは二人をドアから追い出すと、ドアを閉めた。二人の慌てようを見て、機嫌が少し治ったようだ。性格悪い。


 留美は彼を伺うように見上げる。

 迷惑かけたけど……たぶん、留美に怒ってはいない。かな?


 振り返ったジアさんにびっくりして、胸の前で掴んでいた拳に力が入る。



「出来たんなら次行くか」


 歩き出した彼の服に手を伸ばして引っ込める。


「……あの、テストとか無いんですか?」


「するか?」

「お願いします」


「…………なら、カナは今どこにいる?」


「カナさん……。あの、この部屋にジアさんがいると、見えない……あれ?」


 見えるようになってる……。


「どうした?」


「……いえ」



 目を閉じる。


 ————カナさんは……。ど、どうしよう。全部、蝋人形にしか見えない。

 人はいるのが分かるけど、誰とか全然分からないよ……。


 真っ黒になってる部屋がふたつってことは、二人ともは帰ったんやろうし。留美の他にこの建物にいるのは。今ドアの前にいる人は。カナさんやと思うな。


 ぱちっと目を開く。


「ドアの前です?」


「さぁ?」

「さぁ、って……」


 ジアさんはドアに手をかけて開けた。

 目の前にいたカナさんが一礼する。まるで出てくるのを待っていたかのようだ。


「おっ、正解」


「正解分からないのに、問題出したんですか?」


「いや分かってたさ。それより、勘もちゃんと習得できてるみたいだな」


「え? そうなんですか?」


 勘って習得するものなのかっていう疑問な。

 ……いつ確認した?? いつ勘を習得できたって……あぁもういいやっ! ジアさん謎ばっかり!



「えっと、空間って誰が誰とかは分からないんですね」


「お前にどう見えているのかは分からんが。まぁ、隠れてる奴は見つけれるから便利だろ」


「なるほど……」


 お前にどう見えているのかは分からんが、か。

 何も言わずに歩き出したジアさんについていく。あれ、カナさん何の用やったんやろう?


「次はなんですか?」


「妨害の針投げだ」



「針投げ……」


 あのかっこいいやつ!



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