第26話 心の傷と適応
そこに雷が歩いてきた。
私はぽいっと木の枝を捨てて、テンション高めの満面の笑みで駆け寄っていく。
「雷! 聞いて聞いて! 鑑定できるようになったで! これ火炎花言うねんて!」
火炎花を取り出して、見せつける様に前にだす。
雷は疑いながらも、拍手をした。
「おー。すごいな。俺も覚えれるかな?」
気を良くした留美はポーチに火炎花をしまって、満面の笑みで手を伸ばす。
「実は留美二日前から言い続けててん」
「中二病、乙」
「いやもう現実やし。中二病はお前も抜け切れてへんやろ」
全く。こんなにもびっくりファンタジー現象が起こったのに、雷と共有できんとは。
雷もきっとすぐに何か力に目覚めるよな! その時に一緒に語ればいいか。
「それよりご飯やんな?」
「うん」
*
広間。
ママとパパが座っていた。
「ご飯食べに行こー」
「その前に、今日ゴブリン倒しに行くかを決めよ」
「え、……うん?」
昨日ママが行くって言わんかったっけ? あと、留美すごくお腹すいてんねんけど。え? 行くって言ってたよな?
両親は明らかに反対している雰囲気だった。その理由はたぶん。雷が早々に死にかけたせいだと思う。
つまり恐怖だ。夜を経て、ゴブリンと戦うことが怖くなっちゃったらしい。
それでも私はこの感覚が抜けてしまわないうちに、もっと実戦しておきたい。行くって言ったんだから、吐いた言葉通りに行きたいし。
この殺してもいいって感覚を、定着させておきたい。
「留美は倒しに行くに賛成やで」
「お金ないし俺も賛成。前回は危なかったけど、忘れんうちにチャレンジしたい」
「あたし反対。雷が怪我したし心配や」
「俺も反対」
子供が賛成で、大人が反対。
四人だから、多数決じゃ決まらなかった。……てか、昨日の話し合い何やったんやろ。行くで決着ついとったよな?
「どうする?」
こっち見られても……。
「お金があと銀貨二十枚くらいしかない。服も日用品も足りて無い」
「まだ持つやろ」
「じゃぁコイントスで決める?」
留美は銅貨を取り出す。
「そんな簡単に決めていいことちゃうやろ」
「…………」
なんかダメらしい。
少ししょんぼりしてお金を袋にしまう。チャリンと銅貨が悲しげに音を立てた。
「でも、おんなじ服を着てるの嫌やし、お金貯めといた方が良いって」
「死んだら元も子もないやろ! 雷だって、当たり所が悪かったら死んだかもしれんねんで!?」
「昨日のは俺が、ちょっとミスっただけや!」
「そのミスが死に繋がるって言ってんの!」
全くもってその通り。でもいま逃げたら、ずるずる行かないになって、二度と行かへんパターンやろ。
逃げ癖はやばい。
留美が一番知ってる。
何かとやらんでいい理由を探して、動けへんくなるんや。
そんで動こうって思った時には、動かんかった日数分の糸が絡まってて、簡単には動けへん。
「ママ一旦、落ち着いて」
パパがママを心配するように肩にそっと手を置いた。
深呼吸する様子を見ながら、留美は昨日ゴブリンの森に一人で行ってきたこと絶対言わん方がいいなと思う。
ママからこんなにヒステリックな声を聴くのは初めてかもしれん。というか。雷とママが言い合いの喧嘩してるのを初めてみたわ。
「パパは何で反対するん?」
「雷が刺されて 昨日今日やから、心配でな……」
「俺はもう平気や! トラウマとかにもなってないし、全然戦える!」
あー。雷は自分のせいで行かないってなりそうだから、気を遣うなって逆に行きたい感じか。なら。留美も反対にまわろうかな。
このバラバラのまま行っても、危ないだけやろ。
「じゃぁ、留美反対派に行くわ。どうせ、このままいっても危ないだけやし」
「俺は平気や!」
「雷のせいちゃうって。今度から、反対が一人でもいたら行くのは止めよーや。ママの言ってた事ももっともやし。一人が調子悪いだけで、全員が死ぬ可能性があるやん? ならみんな万全の方がいいやろ?」
「……そうやけど」
雷がしょぼんとする。
いやそんな顔で見んといてほしいねんけど。
「その代わり、心配やから。とかの理由はなしな。そんなんみんな同じやから。誰も死んでほしくない。当たり前やろ」
ママがギュッと手を握った。
「ちょっとでも調子が悪かったら正直にな。頭が痛い、お腹壊してる、筋肉痛。疲れてる。その我慢が皆殺すことになるかもしれん」
別に留美はそのままみんなで死んでもいいよ。――なんて。言葉には絶対に出せない。
三人とも納得したかどうかはわからないが、とりあえず反論はないようだ。
「じゃぁ今日は自由行動ってことで」
反応は薄いけど、了承するような仕草を感じた。
なんか、留美がリーダーみたいになってんねんけど。責任とか嫌やなー。
でもこの世界に来てから、コミュ力が異常に上がってる気がする。それはいいことや。
人と顔を合わせられない、家族以外だと声が出せない、不安症、あがり症、めちゃネガティブ。あげようと思えばいっぱいあげれる出来損ないの人間の留美がやで。
買い物にも一人で行けんかった留美がやで!
一年間に同学年と話す数が、一桁を切るであろう留美がやで!
人の視線が怖くて、家から出なくてもいい時は、ずっと家にいる留美がやで!
しつこいほど自分を褒めて、自分に大丈夫だと言い聞かせる。
もう状況が異常すぎて、吹っ切れたんかな? コミュ力は絶対いるよ。うん。すごく重要やと思う。むしろ話術さえあれば生きていける。
留美がちゃんとしないと。みんながちょっとでも安心できるように。
「そうや。明日は行こう?」
タオルも、服も、欲しいものがいろいろある。生活に必要なものが揃ってないし、トイレの紙やランプのオイルなど、消耗品もいくつかある。
一匹二匹のゴブリンに出会えなくて、収穫ゼロって事もあり得そうやし。
「わかった」
「確かにお金の事もあるしな」
さて、一人で気ままにゴブ退治に行こ〜っと。
留美は心の内を隠して笑う。
「取りあえずご飯行こうか」
「あ。じゃあ、銀貨五枚づつ渡しとくな。昼ご飯は自由って事で」
「変なもん食べんなよ」
「その言葉そっくり返すわ」
「朝は一緒に食べような」
商店街の一つで買ったお米にカレーのような汁がかかっていて、具は白くて長細い何か。
一瞬虫に見えてゾッとした。
食事はいつも通り、美味しくないっと。……なんの味かわからんねん。
また食べたいと思わないってことは、美味しくないってことやんな……。はぁ〜。料理革命をっ。頼む、誰か。
「じゃぁ、留美ここで別れるな。雷も行く!?」
「行かん」
即行拒否られた。
「気をつけてや」
「うん。ママ達もな」
「俺は部屋でダラダラしよー」
「あ、雷。薪割っといてくれてもいいねんで」
「えー、俺ー?」
やる気なさそうにしている雷の頭を、パパがポンと笑って触れる。
「教えたるわ」
「やることが決定、だと!?」
ママも「助かるわぁ」とニコニコしながら言った。
「ママも乗るなよ!」
「がんばー!」
二人に言われてしまえば、既に確定したようなものだ。力仕事ファイトー。
薪割りって初めのうちは、なんかちょっと楽しそう。
「留美も帰ったら教えてなー」
「ふっ、薪割りのプロになった俺が教えてやろうではないか」
「いや、パパに教えてもらうからいいです」
「なん……だと。今、なんと言ったんだ」
「伝わらないとはな。豚以下か貴様」
「ブヒー!」
「「……あはははっ」」
留美と雷は同時に吹き出していた。
「恥ずかしいから町中でやめてってば」
街中で騒ぎすぎた。
チラッと見て来る人はいても、誰もじっと見てはいない。騒いでいるのは私たちだけではないからだ。みんな元気元気。
「「はーい」」
返事をしたところで私は足を進める。
「じゃーなー」
「おー」
三人と別れて、ゴブリンの森の方向にウキウキで歩く。ピタッ。
ナイフ忘れた。
あたりを見回して、家へ走り出す。
『シャドウステップ』を使いながら家族が帰って来る前に、なんとか家にたどり着いた。
「忘れ物は無いな? って言っても、ポーチとナイフくらいしかないか」
少しベットで休んでいると、みんなが帰って来た。
バレんよう窓から出よ。
窓枠に足をかけると、鍵を開けたまま飛び降りる。ここが窓際の部屋で良かった。
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