第24話 夜空の下で、一人遊び


 ぱちっ。

 目を開けて窓の外を見れば、まだ真っ暗の真夜中だった。

 なんとなく目が覚めてしまって。私は起き上がる。


 目を瞑りながら、足を踏み外さぬようにゆっくりと階段を降りて広間へ。



 時計を見上げる。


「……まだ二時か。……もうひと寝入り……した方がいいよなぁ」


 水をいっぱい飲んでから、のそのそと階段を上がって、またベットに入る。もぞもぞ。ごろごろ。


 もぞもぞ……。



「あかん、寝れへん」


 三十分くらいゴロゴロしていたが寝れない。仕方ないから起きる事にした。


 家の外、庭は白かった。煙……ではない。霧が濃いのかと思えば、霧でもない気がする。なんか白い。月明かりのせいでそう見えてるだけかな?

 ……変わった臭いもなし。


 部屋から覗いた時は、月明かりしかない暗い街並みやったはず。……ファンタジーか。


 留美は気にしないことにした。



 井戸から水を汲む。


「重い。やっぱ、力仕事は苦手やし嫌いやわ。は〜、疲れたっと」


 桶を地面に置いて井戸の淵に座る。


 ゴクゴク。ぷはっ。

 水美味しい。


 …………。井戸に座って、沈黙。周りが白くて夜空も見えない。…………暇すぎる。あかんっ、暇や!


 留美は散歩に行くことにした。




 髪を結んだ私は、目を瞑って周囲を確認しながら歩く。

『音聞き』は視覚から入る情報と同じくらいには、鮮明に分かるようになっていた。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 色がないのが少しだけ残念。



「誰も居らへん、静かやな」


 ここまで人がいないのは不自然だ。

 転がってる人のいびきはどこからか聞こえてくるけど。寝てるからカウントなしで。


「え、なに。今日なんかある日やったりする?」


 足を止め、キョロキョロと見回し、ちょっと不安感に駆られる。目に溜まる涙は恐怖からなのか、頭が熱い。


 まぁいいやん。散歩の続き行こう。


 なんかどうでもいい気がしてきた留美はまた歩き出す。



「……鑑定鑑定鑑定鑑定」


 やばい人になってる留美。


 もしかしてゴブリンも寝てるんちゃう? ゲームと違ってゴブリンも寝る必要ありそう。…………行ってみよっかなぁ。……自殺行為かな。死ねるかな♪


 あ〜、たのしいっ。



 *


 東門から出る。


 門番はいつでもいるようだ。

 門の周囲は明るく照らされており、もしもゴブリンがやってきても即座に対応できそうな感じ。

 特に声はかけられなかったので、私もスルーする。



 鑑定鑑定鑑定鑑定。


 石や葉っぱ、枯れ枝と。足場に転がる森の欠片たち。微かな月明かりを頼りに、目の前に伸びる枯れ枝を押さえる。

 鬱蒼と茂る木々が私のゆく手を阻み、視界を遮る。


 私の選ぶ道がダメなのか、坂が多い。無駄に体力を使わされてる間を感じつつも、街を出てからはまともな道は一回も見てないわ、と留美はくすくす笑う。

 自分の体力のなさが一番の悩みの種かも。



 玉のように浮かんだ汗を拭って、一息つく。

 夜は少し涼しいはずなのに、四人でいる時よりもなんだか疲れていた。


 足音が全然ないってことは、やっぱり寝てるんやろうけど。寝てる相手を見つけれるか、っていう問題を完全に失念していた。

 ローグ教官のジアさんの時も、止まってるあの人を見つけるまでに数時間かかってたし。


 もうちょっと探してらんかったら戻ろう。人はそれをフラグという!

 さぁ来い!



 ――――――いた。ゴブリンだ。


 フラグポッキー! あぁ、チョコ食べたいっ。

 悪いねフラグさん、もう退場の時間だよ。じゃなくて。……やっぱ寝てる。ゴブリン寝るんやなぁ。


 寝込みを襲うなら、一人でも大丈夫そう。

 鑑定鑑定鑑定鑑定鑑定。



 草影に隠れる。


 改めて状況を確認するのだ。

 ゴブリンが一匹。

 寝息を立てながら仰向けで寝ている。

 武器は少し離れた所にあり、一撃で仕留められなくても逃げ切れそう。

 ゴブリンの爪は見るからに凶器。素手で掴まれたら痛そう。武器を使うには向いてないように見えるけど、器用に使うんよな。

 地形は平地。草多め。木の根注意。ちょっと行ったところにちっちゃい崖がある。


 こんなところか?


 ナイフを抜く。

『シャドウステップ』で木の根の上伝いに移動すると、足音が立たなくていいね。

 近くまで来ると、木の枝の上からゴブリンを見下ろす。


 そして『シャドウステップ』で一気に近づき、一本のナイフで斬って、もう一本のナイフを喉元に突き刺す。


「グガァっ!」



 痛みに驚きゴブリンが目を覚ました。伸ばされる手をナイフで刺し下ろし。もう片方の手も足で踏みつける。

 もはやほとんど動かないゴブリンにとどめを刺すべく、喉に刺さっているナイフをグリッと力任せに回す。


 周到なまでに、抉るようにナイフを抜くと、血が飛び散った。

 絶命していると思うが、一応首を切り離しておく。


 人型でここまでやって生きてるなら、留美は笑いこけて死ねる。



「あはははっ♪ そなたを永遠の眠りに誘おう。……なんちゃって!」


 嬉しそうに笑った留美は、血の滴るナイフを持ってくるくると回った。

 ピシャリと周りに飛び散る。


「たのしいっ♪」


 楽しい楽しい楽しい! やっぱりやられるよりやる方がいいなぁ! 相手を傷つけるのって楽しいなぁ! ずるいぞっ。留美もいっぱい人を傷つけたいっ!


「あはははははっ!」


 ガンッ。

 ナイフの背で、自分の頭を殴りつけた。


「あー、クソ……いってぇ」


 人を悪意を持って傷つけてはいけない。自分のして欲しいことは、まず自分から与えなさい。


「……頭痛っ。強く叩きすぎた、ごめん」


 留美はナイフの先が欠けていないかを、微かな月明かりで確認する。

 大丈夫そう。


 転がっているゴブリンの頭を見下ろし、左耳を回収した。



 鑑定鑑定鑑定鑑定。


 意外とどうにかなるものだな。

 来れる日はコツコツ倒すようにしてみるか? それ死ぬやつ。



「もう一匹……いや、帰ろう。今の留美は危ない気がする」


 ゴブリンの肉も回収しようとしたが止めた。大量の血が服について三人に心配かけるかもしれないし。そもそも、ゴブリンの森に行ったって知られたら怒られる気がする。

 怒られるのは嫌だ。



 周囲を確認の後、「鑑定」を繰り返しながら家に帰る。


 もちろん鑑定なんてできない。ただの妄想だ。


 家にそっと帰ると、井戸に直行して返り血を落とす。こんな赤いの付いてたら、何かあったのかまる分かりだもの。


 拭く物がない。


 ……留美はムッとして、気持ち水滴を飛ばす。あとは自然乾燥に任せるしかなさげだ。



『音聞き』で家の内部の音を確認する。


 まだ誰も起きていないようだ。


 ふと井戸を覗いて、その黒さにゾッとした。

 井戸といえば、あの這い出て来る女の人の映像が浮かぶよね……って。




――――――


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