第9話 強そうな人のファンタジーなペットすげー
無事に家に帰ってこれた。
「なんもなくて良かったぁ」と無言で弟と手を叩き合う。あんなことがあったから、帰りの私たちは若干ピリついていたと思う。
風呂だ風呂だと浴槽を覗くと、水道が通ってない! 井戸から水を運ぶ気力もなく、今日は風呂無しである。
倉庫の小屋もちょっと見回ってみたが、タオルのようなものもなかった。これは由々しき事態だ。
今後のことが不安で仕方ないというように、どんよりとした空気が蔓延していた。
「取りあえず、寝よっか」
パパが暗い雰囲気の私たちに声をかける。
もういっぱいいっぱいだ。
頷いた私たちは、各自自分の部屋に行った。
こういうナーバスになってる時は、一人になるのは危険だってわかってるのに。……なんて声をかけていいかわからない。
「はぁ」
どうなるんやろ?
ゴブリンって、ゲームみたいに弱くない気がする。弱いかもしれんけど、それよりもっと弱いのは留美たちで、相手は格上に見えるんやろうな……。
取りあえず、数の利を活かして一匹の狙っていくしかないか。リンチやリンチ。四人で一匹ボコればなんとかなるやろ。
カー! リンチとか、めっちゃダサいッ。
いやだから、まずは地形の確認やって。罠を仕掛けたり、自分らに有利な場所を探して誘い込むんや。
相手の陣地で戦う必要はないからな。
敵は人の形をしてようが獣や。容赦する必要はない。したらこっちが殺される。
どうか肌の色が褐色色してませんように。そこはマジで頼みますっ。
「……留美も寝よ」
そういえば、お腹壊さんかったな。
井戸の水がそのまま飲める。一つ知識が増えた。
朝。
「んー、…………はぁー。夢じゃなかった〜……」
夢であってほしかった。切実に。
朝の澄んだ空気も、外から聞こえる音も、触れたベットの触り心地も。全てが現実であると主張している。パチンと叩いた手も痛い。
夢じゃない……。
伸びをしてベットから降り、裸足で地面に触れてから靴を履かなきゃダメなことに気がついた。
土足って慣れない。
ストレッチを始めて、体調が悪くないことを意識して確認する。
正直緊張で全然寝れんかった。みんな起きてるかな?
柔軟を終え、広間に降りてみる。
「おはよー」
「おはよ」
母がいた。
雰囲気から見ても、悩んでいるようだ。
大丈夫やろうか? 戦闘中に倒れんかったらいいけど。
この感覚は留美もゲームみたいに考えてる証拠かな。現実を見ないと。現実。今まで現実見てることってあったかなぁ。
ぺちっと留美は自分の額を叩く。
「二人は?」
「パパは井戸から水くみ。雷はまだ寝てるんちゃう」
「雷起こしてくるわ」
「お願い」
雷の部屋の前。
木で出来た扉をドンドンドンッと叩いて、ドアを開ける。
「雷ー。朝やでー」
「うるっさい。わかったから出て行け」
「……はーい」
何だか機嫌が悪いみたい。
いつもは、もうちょっと寝起き良いのに。不機嫌が伝染して、留美まで少し不機嫌になりながら階段を降りる。
あっそうか、雷も緊張で寝られへんかったんやな。納得。
広間。
「あ、パパおはよー」
「おはよう」
ちょうど井戸水を汲んで、桶に水を満たしたまま歩いていた。私はコップを持って近く。
「水ちょーだい」
「ここ置いとくよ」
「うん」
パパはその場に桶を下ろすと、自分も飲む。
桶を倒したら大惨事になりそう。……ちょっとやってみたい気もする。いや、やらないよ。やったら後片付け大変やからなぁ。
「昨日は沸騰させな危険やって言ってたのに、大丈夫そうなん?」
「二人がなんともないから、大丈夫なんかなって。沸騰させる道具もないしな。ハッハハッ」
ひ、ひどい。留美らが勝手に飲んだんやけども……。
「実験体にされたぁ……」
「昨日俺らも飲んでるから」
「ほんまや。なんで留美らのこと強調してんな」
「ハハ」
少し緊張が解れたようで何より。留美は緊張で昨日から吐きそうや。動悸止まらんし。はははは……。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。
椅子に座れば足が震え、手足は冷や汗で冷え切っている。頭もぼんやりと暑くて、考えることが出来ない。
あー、待って。これ留美が一番やばいやつかもしれん。
程なくして雷が階段を降りて来た。弟が準備をしている間、私は広間をウロウロ。運動すればストレス解消になるって聞いたことがある。ウォーキングやウォーキング。
一、二、三、四。一、二、三、四。一、二、三、四。数字だけに集中していると、雷に膝カックンされて地面に倒れた。
膝と手のひら打った……。
「え、ごめん大丈夫?」
「う、うん……。緊張ちょっとほぐれた……かも。……てか、テメェなにしとんねん」
「緊張ほぐし立ったんや、感謝しいや」
「あざーっす」
「腹から声出せーぃ」
「あーっす!」
「あーっすってなんやねん!」
八時三十分頃。
留美のお腹の虫が鳴いた。それに気づいた雷がパンと自分の腹を叩く。
「お腹すいた! ご飯行こ!」
「朝から食べに行くのって初めてやな」
雷はなんでそな楽しそうなん? 雰囲気を明るくしようとしてくれてるんかな?
逆に母は嫌そうだ。まずいもんな。
父は無表情。
私も無表情。ただ不安でうまく表情が作れない。
私たちは家から出て、食事ができるお店へ向かう。
昨日見つけておいたお店に行くのだ。
それなりに人のいる道を歩いていると、やばいのを見てしまった。語彙力が低下してしまうくらい、やばいのだ。
「雷見てあれ」
「見てる」
街中で荷物を運ぶ亀がいた。それだけではない。サイのような体に、平たいトンカチのような頭の動物。巨大なハチが上に飛んでいて、急に鳥を殺しにかかったり。
ハムスターらしき、ふっくらした何かを頭に乗せている人もいる。
え、なに、レンガが浮いてる……。あれもペット? 無機物……え。ペット?
「やべーっ!」
「やばいな」
「うわ……」
パパもぽかんと思考を停止していた。
わかるその気持ち。
見るからに強そうな集団だ。すっごい。すっごいっ! 留美も強くなりたいっ。絶対なるっ。
煌めいた真っ黒な瞳は、彼らが見えなくなるまで見つめていた。
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