第5話 クリスティーナさんのサポート


 重要なアドバイスはとりあえず置いておくとして。


「はいこれお金ね」と渡され。お皿のようにした手で受け取った袋を開ける。金貨らしきものが一枚だけ入っていた。

 クリスティーナさんは迷い人の対応に慣れているのだろう、毎回私たちに考える時間をくれる。


 キラキラッ。うふふっ。……じゃなくて。

 これは、いくらなんや? 私がそう疑問に思うと、少し後ろにいた雷が先に問いかけた。


「このお金って、いくらですか?」


「いい質問ね。坊や」


「ぼうや……」

「ぷふっ……す、すみませんッ」


 つい吹き出してしまった私は顔を青くする。慌てたのも一瞬だけで、目の前にいる大男は優しげに微笑んでいた。

 せ、セーフ?


「うふふ。ごめんなさいね。坊やって歳じゃなかったかしら?」


「いえ、坊やって歳ですんで。お構いなく」


 雷がへらっと笑った。


 クリスティーナさんがおもむろにカウンターの方へ歩いていく。雰囲気を感じる限り、気分を害したわけではなさそうだ。

 私は家族と目を合わせ、彼の言った方へ足を進める。


 大男はカウンター机の向こうから、私たちを一瞥した。そして机にコインを置いていく。


「これが銅貨。一番低い硬貨よ。次に銀貨、金貨、大金貨、白金貨。銅貨が百枚で、銀貨一枚。銀貨百枚で、金貨一枚。金貨百枚で、白金貨一枚って感じ。それメモね」


 紙を受け取ると、今言われた言葉が書かれていた。

 ありがたい。文字はちゃんと伝わる、っと。


 つまり銅貨一枚 一円。

 銀貨一枚 百円

 金貨一枚 一万円 って事。今あるのは金貨一枚。四人でこれはちょっと、少なくないか。


 大事に紙を折り畳むと、お金と一緒にカバンに入れた。なんとなく不安になってしまい、両手で包み込むように、鞄を持つことにする。


 来たばかりの弱者を狙う人は、きっとどこにでもいるから。お金を持っている私が一番気をつけないと。

 でも金貨一枚……か。少ない。でも今ある留美たちの生命線や。殴られても絶対に渡さん。


「ありがとうございます」


「少ないって思ったでしょ?」


「……はい」


「まぁ。ふふ……。正直ね。目安として、このギルドでの一食が、銅貨四十枚〜五十枚よ。宿に泊まるのなら、10日で銀貨五枚から。大丈夫。金欠になる前に、敵を倒せばいいのよ」


 無茶言ってくれる。

 こっちは戦闘経験皆無やぞ。素人四人でいきなり命かけた戦闘はキツいって。


 こらそこ、わくわくするな。


「そうそう、前に使っていたお金は使えないわ。でも物好きな人には高価で売れるのよ。街の中心付近、貴族街って呼ばれるあたりで呼びかけるのがおすすめよ。覚えておきなさい」


「はい」


 貴族街。

 貴族がいるのか。異世界の定番やな。

 さて、現金いくらあったっけ。コインいくらで売れんのやろう。札は売れるんかな。コレクターの心理はほんまにわからん。

 全ては需要と供給のバランスか……。あーっ、調べるの面倒くさい〜。街の中心付近の貴族街。ちゃんと覚えとかんと。


 あぁ、もらった紙の裏に買いとけばいいか。カキカキ。『街の中心付近の貴族街で、前の世界のお金が売れる』っと。



「次は武器ね。こっちよ」


 私が顔を上げると、見計らっていたムキムキの大男、クリスティーナさんが歩いて行く。


 武器。武器って言ったあの人。ついて行くしかないと思いつつ、それでも不安は残るわけで。

 足が根を下ろしたかのように動かない。


 武器ということは、やっぱり殺し合うってことで。相手が化け物やとしても、それはしてはいけないことで。やったらダメなことで、したらあかんこと。


 夢なら勝手に足は進むはず。進まんのもあるけど。夢であれ。夢だこれは夢。夢。雷ぶん殴ったら夢にならんかな?

 化け物なら、殺してもいい? 許されている? むしろ、殺すことを推奨している?

 留美に、できるやろうか。


「ママとパパ、顔!」


 いきなり弟の雷が、両親の顔を指差していた。


「顔?」


 留美は今まで気づいてなかった方にびっくりやわ。やっぱり空元気で、余裕がなかったんやな。

 母と父は顔を見合わせ、お互いに固まった。


 二人もかい!


「異世界補正やって! 良かったな」


 雷が笑いながら言う。

 私も苦笑するしかなかった。


 そこへ戻ってきたゴツい大男こと、クリスティーナさんが声をかけてくる。


「ほら、何やってるのよ。早く来なさい」

「あ、はいっ!」


 すみません! ……って。いや、こっちは混乱してんだよ。


 とりあえず雷が言ったように、二人の姿は異世界補正という事で、置いておく事にした。

 何事も放置って大事。

 切羽詰まった時に、分からないことを考える必要もない。



 私たちは武器と防具を保管している場所へ歩き出す。

 その途中、今着ている服や荷物は、極力隠すことをオススメされた。


 クリスティーナさんから、危険な目に遭うか、身ぐるみ剥がされるかもね。みたいなことを言われたのだ。

 来たばかりの迷い人は総じて危機感が薄いから、ターゲットにされやすいのだとか。

 親切に教えてくれるこの人がいなかったら、留美たち今頃……今頃は言い過ぎか。


 それでもブルリと身体が震える。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る