第25話
小さく、それでいてはっきりと口にする鳴河。
俺の全身を冷気が包んだかのような寒気が走った瞬間。
「ひいいいいいいいっ」
突如として入ってくる悲鳴。何事だと思った矢先、スマホの画面に映ったのは地面に尻を付けている綾野だった。鮫島さんの死体を見て腰を抜かしたのだろう。
「うわっ。うわっ」
「さ、鮫島さんっ。ちょっと本当に死んでいるのっ?」
天王寺と樽井会長も視界に入った非日常に驚きを隠そうとはしない。当然の反応だろう。しかしそうなると、鳴河の冷静さが際立って異常に見えてくる。
もしも鳴河が鮫島さんを殺した犯人であればその沈着さにも説明が付くが、そもそも鳴河は元の性質からして淡泊そのものだ。
いや、そういう問題ではない。鮫島さんが帰ったあと鳴河殺人鬼版として俺にドッキリを仕掛け、且つ皆が鮫島さんを探しに行ったときも俺と一緒にいたのだから、鮫島さん殺しなど物理的に不可能だ。ならばどのメンバーなのかと思考を始めかけた俺は、即座に頭を振った。
映研の連中のわけがない。
そんな残忍な奴が映研にいるわけがないんだ――。
「死んでいるのは確かです。見ての通り誰かに殺されたようですが、誰がやったかは分かりません。こうなってくると俺達にできるのは、警察が来るのを待って全てを正直に話すことでしょう」
「……そうね。もうそれしかないわね」
「もう意味不明っすよ。これ、現実っすか」
高柳を始め、樽井会長と天王寺も、俺同様に映研の人間を疑うことは避けたようだ。そこに至る理由はともかく、正しい選択をしたと言える。疑心暗鬼に駆られメンバー同士にこれ以上の不和を生じさせるなど愚かでしかないからだ。
しかし、メンバーじゃないとしたら誰なのか。
鳴河の口にした、廃キャンプ場の殺人鬼が脳裏に蘇る。
仮に、城戸と鮫島さんを殺害したのがその廃キャンプ場の殺人鬼だったとして、そいつはそれこそ何者なのだろうか。
真っ黒なシルエットに包まれたそいつは、城戸と鮫島さんを殺害してそれで気が済んだのだろうか――。
「このバッグはなんでしょうか。鮫島さんがこのバッグを開けようとしていたところ、後ろから刺されたようにも見えるのですが」
得も言われぬ胸騒ぎを覚えたところで、スマホの映像が鳴河の口にしたバッグに向けられた。
トランクの中にある大きな茶色のボストンバッグ。そのボストンバッグのチャックは半分ほど開けられていて、鳴河の言った通り、鮫島さんがこのバッグを開けようとしていた光景が容易に想像できた。
「何が入ってるんだ? そのバッグ」
俺が聞くや否や、高柳がチャックを全開にして中身が見えるように収納部分を広げた。
「なんだ、これ……」
いまいち良く見えないバッグの中身から高柳が何かを取り出す。適当に畳まれていたそれが高柳の手によって広げられたとき、マスクであることが分かった。
マスクといっても口元を覆うマスクや仮面ではなく、パーティーグッズなどで使うかぶりものだ。
「ブタのラバーマスクですね」
「ああ。なんだってこんなものを……」
「そのほかには何があるんだ? ほかにもあるんだろ」
俺が急かすと、再びカメラがバッグの中へと向けられる。そこへ高柳の手が伸び、入っている物を一つ一つ出してはボストンバッグの横へと並べていった。
収容部分に入っていたのは、ブタのラバーマスクのほかに、黒い繋ぎの作業服、トレッキングシューズのようなごつい黒い靴、六〇センチはありそうなナタ、最後に薪割に使いそうな手斧が一本。
「何に使うんすかね、こんなもの」
と口にする天王寺。
今回の撮影にがっつり関わっておきながら、このもやしっ子は想像力が欠如しているとしか言いようがない。
「ナタも手斧も本物ですね。鮫島さん、殺人鬼にでもなるつもりだったんですかね」
「やっぱりそうだよな。俺もそう思う」
鳴河と高柳が想像力を発揮する。
そうだ。これらのアイテムから連想されるのは殺人鬼しかない。ならば鮫島さんがどういう理由で、化粧マスクの殺人鬼とは別の殺人鬼に扮しようとしていたのか。そしてその鮫島さんがどうして、何者かに殺されたのか。更に言えばその何者かは城戸を殺めた可能性もあるらしいが、それは何故なのか。
――全然、分からない。まったくもってお手上げ状態だ。
「じゃあ、これは死体袋か」
高柳が大きくて長い、黒い袋を広げる。それもトランクに入っていたようだ。
「ジッパー付きでこの大きさですとそうかもしれません。殺した死体でも入れるつもりだったのでしょうか」
「でも一つだぞ。誰か一人を殺すつもりだったのか。……それとこれ、なんか使用感ないか」
「言われてみればそうですね」
「もういいわ。これ以上、色々と考えるのは止めましょう。時間を無駄に浪費するだけよ。ほら、もうこんなに暗くなってきたわ。戻って撤収の準備と串田君の解放よ。あとのことは警察に任せましょう」
樽井会長が半ば投げやりになってこの場をまとめようとする。消化不良にもほどがあるが、それが最善であり正しい判断だろう。
樽井会長に言われて気が付いたが、外もかなり暗くなっている。ぽつぽつと古びたポールライトがあったと記憶しているが、電気が通っているとは思えない。ゆえにあと十数分もすれば陽が完全に沈み、廃キャンプ場は闇に包まれるはずだ。俺の拘束されている部屋も当然、例外ではない。
そう思った瞬間、急に多大な焦燥感に襲われた。
「会長の言った通りです。暗くなる前に早く戻ってきてください」
「ええ。分かってるわ」
樽井会長が頷く。そこで高柳が手を上げた。
「すいません、会長。俺、彩花のところに行きます。行ってどうにかできるか分からないけれど、一人にしておくのはあまりに不憫で」
「そうね。分かったわ。撤収の準備は進めておくから、高柳君のタイミングで管理小屋に来るといいわ」
「ありがとうございます」
頭を下げる高柳が地を蹴って走り出す。
雑草を掻きわけていくその背中に城戸への愛を感じた俺は、口に出しそうになった懸念を結局飲み込まざるをえなかった。
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